怖い噺 蜃気楼龍玉「牡丹燈籠 栗橋宿」、そして渋谷らくご しゃべっちゃいなよ

新宿末廣亭八月上席九日目夜の部に行きました。今席は落語協会百年特別興行、夜の部は「怖い噺」と題して、日替わり主任がネタ出しで臨む。きょうは蜃気楼龍玉師匠で「牡丹燈籠 栗橋宿」だった。ちなみに昼の部は「夏の噺」、昼夜入れ替えなしだったので、早めに入場して主任の柳家三三師匠の「青菜」も楽しんだ。

「やかん」春風亭貫いち/「のめる」橘家文吾/奇術 小梅/「あくび指南」柳家小せん/「締め込み」古今亭菊太楼/漫才 ニックス/「妻の旅行」柳家はん治/「人形買い」古今亭菊丸/太神楽 翁家勝丸/「そば清」柳家さん喬/中入り/「百物語」柳家㐂三郎/粋曲 柳家小菊/「真田小僧」柳家小里ん/「宗論」春風亭一朝/紙切り 林家楽一/「牡丹燈籠 栗橋宿」蜃気楼龍玉

龍玉師匠の「栗橋宿」。関口屋という荒物屋が繁盛して贅沢な暮らしをするようになった伴蔵は笹屋という料理屋の酌婦、お国を愛人同様に可愛がる。伴蔵と苦労をともにしてきた女房のお峰は、そのことを知って悋気をおこすのは当たり前だ。この伴蔵とお峰の口論を実に丁寧に演じて、両者の心情を巧みに描いたところに、龍玉師匠の技量の高さを感じた。

伴蔵はお国を見たときに、「いい女だ」と思った。実際の年齢は二十七だが、二十三、四にしか見えない。江戸では下男同様の暮らしをしていた伴蔵は当然、そのような女性には縁がなかった。だが、今は違う。しかも、お国の亭主は元侍だが足に傷を負って文無しとなり、お国が笹屋で奉公して生計を立てているという。伴蔵は「金でどうにかなる」と思うのも仕方ないのかもしれない。足繫く通い、口説き、怪しい仲になった。

お国はその上をいく悪い女だ。「この男は一代身上、俄分限」と見極め、粉を振りかければ良い金蔓になると考えたわけだ。「自分に惚れている」と勘違いさせ、有頂天になっている伴蔵から貢がせる。実際、馬方の久蔵に証言によれば最初三分、次に二両、さらに三両と五両、多い時には二十両を渡していたという。赤子の手をひねるようなものだったのだろう。

最近、亭主の伴蔵が怪しいと勘づいたお峰はお伴することの多い久蔵にカマをかけて、久蔵は伴蔵とお国の関係を全て喋ってしまう。お国という女は屋敷の出、三味線も弾き、なかなかのいい女。4月2日に出会って以来、伴蔵はお国にずっとご執心だという事実を掴み、夜遅くに帰ってきた伴蔵が酒肴を支度しろと言う言葉尻を捉えて、詰問する。

家で飲んだって美味しくないでしょうよ。お酌の私のようなおばあちゃんじゃ気に入らないでしょう。笹屋へ行って、お国さんにお酌してもらいな。隠すことはないよ。歳は二十七だけど、二十三、四にしか見えないいい女だってね。お前さんがとぼつくのも無理がないね。焼き餅で言うんじゃない。お前さんのことを思って言うんだ。亭主は元侍だそうだね。だから心配しているんだ。どうして隠し立てなんかするんだい。酷いじゃないか。お国という女もお前に惚れているに違いない。妾として貰ったらどうだい。私はお前と別れて、別に新しく店を開くよ。

伴蔵も「主ある者、それもリャンコ。そろそろ切り上げようと思っていた。ちょっとつまみ食いしただけだ。俺が悪かった。二度と行かない。許してくれ」と下手に出るも、お峰は意固地である。すると、伴蔵は居直る。「いいかげんにしやがれ!四間間口の表店を張った関口屋の旦那に妾の一人や二人いたって、それは男の働き、当たり前だ!」。

お峰はひるまない。「今でこそ、関口屋の旦那として威張っていられる。だが、一年前は何だい?新三郎様の下男として使ってもらっていた貧乏所帯じゃないか。あまり大きなこと言うでないよ!こんな妾狂いが世間で許されるとでも思っているのかい?」。伴蔵が「やかましいやい!出ていけ!」と言うと、お峰はさらに語気を荒げる。「出ていくから、百両おくれ。誰のお陰でこの身代が出来たと思っているんだい?言わせてもらうよ。萩原様の下で一緒に苦労したのを忘れたのかい?あんまり大きなことを言うんじゃない。私はあの時分のことを忘れないように、今でも木綿の着物を着て、夜なべをしているんだ。あの頃、お前が『持つべきものは女房』と言ったことは忘れたのかい?もう二度と私の前で大きなことを言うんでないよ!」。

伴蔵がお峰を打つ。お峰は黙らない。「打たれる筋合いはない。私はこの栗橋では身寄り頼りがいない。年も取った。見捨てられたら困るんだ。だから、百両おくれ。そして、出ていく!」。伴蔵が「百両を渡す因縁なんかないや!」と言うと、お峰はさらに言う。「幽霊から百両の金を貰って、萩原様を騙して金無垢の海音如来像を奪い取ったのはどこの誰だい。私の首も胴に付いちゃいないが、お前の首もそのままでは済まされないよ!」。

萩原様の下男時代の悪事を表に出されたら、伴蔵も堪らない。「俺が悪かった。勘弁してくれ…愛想が尽きたなら、俺が出ていく。あの女だって俺に惚れているわけじゃない、俺の金に惚れているだけだ。愛想が尽きていないなら、この店を二百か三百かで売って、越後新潟に出て、もう一遍裸足になって一緒に苦労してくれないか。俺が悪かった。堪忍してくれ」。

お峰がようやく折れる。「私だって別れたいわけじゃない。あんまり邪険にするから。見捨てないというなら、ついていこうじゃないか」「勘弁してくれるか。もう二度と邪険になんかしない。いつまでも泣いてないで、仲直りしよう」。

翌日、二人で幸手に出掛け、お峰の着物を呉服屋で買い、料理屋でご馳走を食べた帰り道の土手…。「実は海音如来像をここに埋めたんだ」と伴蔵は嘘を言って、掘り出すから見張りをしてくれとお峰に頼んだ直後、脇差を抜いてお峰の背後から肩先を斬りつけ、伴蔵はお峰を殺害してしまう…。結局、伴蔵は反省などしておらず、女房までも残虐に殺す悪党だった。これが三遊亭圓朝の「牡丹燈籠」の物凄いところであり、誤解を恐れずに言うなら、面白いところなのだ…龍玉師匠の高座を聴いて、改めて思った。

配信で「渋谷らくご しゃべっちゃいなよ」を観ました。隔月で若手噺家4人が新作ネタおろしに挑む会だ。加えてレジェンド枠で柳家小ゑん師匠が「銀河の恋の物語」を演じた。

「毛」瀧川鯉白/「バック・トゥー・ザ・ベター」林家つる子/「名人と海」柳家さん花/「お馬さん」柳亭信楽

鯉白さん。許嫁のサチコさんの陰毛をお守り代わりに持って、戦地に赴いたクボタの物語。愛する女性の陰毛が自分を守ってくれたと信じ、終戦後に帰国するが…。サチコさんから告げられた意外な真実とは。陰毛というちょっと引いてしまうアイテムをテーマにした勇気は買うけど、ストーリー展開にもう少し起伏がほしいところだ。

つる子師匠。以前に創作した「ミス・ベター」の続編。ドラマや映画でありがちなベタな展開、今回はタイムスリップ系に重きを置いた。未来から来た20年後のみなみちゃんが現れ、みなみちゃんと一緒にタイムマシンに乗って、母親と父親が高校時代に出会った1970年代に遡る。同級生みんなが聖子ちゃんカット、学園祭で落研が寄席をやっているところで、母と父は出会うが…。この寄席で出演者がやって来ないというトラブルが発生し、“20年後のみなみちゃん”が急遽、代演で「お菊の皿」を演じるという…。そう、みなみちゃんは20年後の林家つる子だったのだ!そして、未来には人間国宝になる若き雲助師匠まで登場!めくるめく展開が痛快だった。

さん花師匠。常日頃から「名人になりたい!」と考えているメカブ師匠。息子の中2のコウタロウが「自分の思ったことを喋ればいい」という発言によって、弟子のワカメが急激に人気上昇、売れ始めるという…。メカブ師匠は恥も外聞も忘れて、弟子のワカメに対して「師匠になってください」とお願いするという逆転現象が起きる…。噺家として日々生きているさん花師匠の心の叫びみたいなものが聞こえてきた。

信楽さん。面白い!48歳のお父さんの背中に乗って、高3のトオルは学校に通学している。聞けば、トオルが3歳のときにピアノ教室に行きたくないと言い出したために、「お父さんがお馬さんになるから行きなさい」と言って、一度始めたことを投げ出してはいけない大切さを教えたという。以来15年間、トオルはお父さんのお馬さんに乗っているという…。その設定がまずユニークだ。

そして、このままではいけない!と担任の小林先生がお馬さんになることを止めるようにお父さんを説得する。そのためには「親としての成果を出す」ことが必要と考えたお父さんは、天皇賞に出走して優勝することを誓う…。これまたユニークな発想で面白い。そして、実際に天皇賞に出走したお父さんは、小林先生の魔法の薬でペガサスに変身、見事に優勝を飾る!荒唐無稽で破天荒だけど、それを押し切るところに信楽さんの新作の面白さがあり、それが何某かのメッセージになっているのが凄いと思った。