立川談春独演会「死神」

立川談春独演会に行きました。芸歴40周年シリーズの第15回。「たがや」「蒟蒻問答」「死神」の三席だった。

「死神」はかなり独自の工夫が凝らされていて、人間の死生観に迫るものを感じた。男が3両拵えられずに吾妻橋で身投げしようかと考えているところに、死神が登場する。「死ぬのは辛いよ。苦しいよ」と近づく。だが、男は死神と言われても信じず、乞食だと思う。死神が「お前にだけ見えるようにした」と言って、二人で居酒屋に入るが、店の者は「お一人様」として対応するので男は状況を理解する。燗酒と刺身を注文するが、死神に話しかけている男を店員は気味悪く思う。

死神は男に対して、「お前は死ねない。寿命がある」と言い、医者になって金儲けをしないかと誘う。術が仕込んである杖を渡され、死神が病人の足元にいる場合は呪文を唱えれば、死神が消えるという。ただし、枕元に死神がいる場合は手を出してはいけないと注意する。杖の効力はずっと続くわけではない。せいぜい1年。だから、この間に一生分を稼げと言う。「命は金になるぞ」と言う死神に対し、なぜ自分にだけ親切にしてくれるのかと訊く。一宿一飯の恩義があるのだと死神。それを縁という。お前のことが好きなんだ、見ていると他人とは思えないのだと言う。

実際に家に戻って「医者」の看板を出すと、駿河屋の番頭が「2年長患い」の旦那を治してほしいと頼みに来る。報酬は100両。旦那の足元に死神がいたので、呪文を唱えると旦那は元気になった。報酬の100両のうち、半分の50両だけを男は受け取る。理由は「冥利が悪い。何をしたわけでもない」というものだった。

翌日、駿河屋の番頭が「暇を貰った」と言って、男の家を訪ねる。医者である男の番頭にしてくれと言う。雑務一切を取り仕切るから、「先生は医者に専念してくれ」と言い、家を一軒建てて、男の女房と倅を住まわせ、「先生は柳橋の芸者や幇間を連れて上方見物でもしてください」と親切だ。だが、男が上方から帰ってくると、家には何も残っていなかった。女房と倅を連れて、その番頭は逃亡したのだった。「やられた」と思ったが、杖はあるし、また医者を始めればいいと考えた。だが、今度の依頼はことごとく、枕元に死神がいる。うまくいかないものだ。

近江屋善兵衛の番頭、佐兵衛が「旦那を助けてほしい」と訪ねる。「10日もたせてくれれば、千両差し上げます」と言う。だが、案の定死神は枕元だ。そこで男は知恵を働かせて、旦那の布団を半回転させて、死神を足元にして呪文を唱え、消してしまった。「金の力には勝てないよ」と有頂天の男だったが、そこに死神が現れ「何で、あんな馬鹿なことをした?」と約束を守らなかった男を責める。連れて行かれたのは、二人が入った居酒屋だった。そこで杖を突くと階段のようなものが下に延々と繋がっている。死神の持つ杖を握った男は目を瞑って暫くの間、なされるがままに下に降りていく。そして、薄目を開けると、そこには夥しい蝋燭が燃えている。人の寿命だ。太さ、長さ、燃え方、皆違う。

今にも消えそうな蝋燭がお前の寿命だ、お前は金に目が眩んで近江屋の寿命と取り替えたのだと言われる。男は「それをわざわざ見せに連れて来たのか」と抗議するが、死神は「自業自得だ。楽しかったろう。金なんてそんなものだ」と冷淡である。男が「ちゃんと生きるから、助けてください」と言うと、「人は生きたらいつかは死ぬんだ。本当のことはそれだけだ。散々、いい思いをしたんだ。もういいだろう?ここがお前のお終いだ。しょうがない」と死神は言う。

男は必死に「死神さんは俺のことを他人のような気がしないと言っていたじゃないか」と抵抗すると、死神は「覚えていたか。しょうがない」と言って、燃えさしを渡す。これをうまく蝋燭に繋げば、寿命は延びる。「揺れると消えるぞ。泣くくらいなら死ね」と脅す。だが、男は燃えさしに火を移すことに成功する。「点いた?運の良い男だな。俺がこの蝋燭の部屋に連れて来たのはお前が初めてじゃない。だが、燃えさしに火を点けたのは、お前が初めてだ」。

死神は言う。「可哀想に。死ねないよ。必ず殺してくれというときがくるだろう。こんなことなら死ねば良かったというだろう」。そして、「お前、どうやって戻るんだ?…頑張りなよ。俺は消えるから。じゃあな」。一人取り残された男は真の闇の中、杖を頼りに延々と続く階段を来たときの逆の方向へ戻ろうと必死になる。どんどんどんどん階段を昇っていく。やがて、星が見えてきて、気づいたら吾妻橋にいた。

水たまりに自分の顔が映ったのを見て、ハッとする。それは紛れもない死神の顔だったのだ。そして、身投げしようとしている若い商人を見つけ、声を掛ける。「金儲けのやり方、教えてやろうか」。商人は「なぜ、親切にしてくれるんですか」と問うと、「お前を見ていると他人に思えなくてな」。

因果は巡るというのだろうか。生きることと死ぬことは背中合わせなのか。人間の死生観に迫る、こんな「死神」に出会ったのは初めてだった。