夏いちらくご 春風亭一之輔「柳田格之進」

「世田谷 夏いちらくご~春風亭一之輔独演会」に行きました。「七段目」と「柳田格之進」の二席。開口一番は春風亭らいちさんで「子ほめ」、ゲストは活動写真弁士の片岡一郎先生で大河内傅次郎主演「槍供養」だった。

この会は昼の部は子ども向け、夜の部は大人向けになっていて、昼の部は「転失気」と「粗忽の釘」を演ったそうだ。それで、夜の部は何を演ろうか…と考えたときに、お囃子さんもいるから、鳴り物入りで「七段目」をやろうかなと言っていたら、前座の貫いちさんが「ここには附けがありません」。「そうか…」と諦めていたら、夜の部開演前に、「大道具さんが附けを作ってくれました」。

そうなのだ。歌舞伎の世界では二本の柝のようなものを附け板に打ち付けて、立ち廻りなどのいわゆる効果音を付けることを“附け”というが、「七段目」ではおかる役の定吉が平右衛門役の若旦那に斬りつけられそうになり、梯子段を落ちるときに、この“附け”を入れる。

その二本の柝(しかも面取りしてある!)と附け板を急遽、大道具さんが気を廻して拵えてくれたそうなのだ。一之輔師匠が「七段目」のマクラで、貫いちさんを呼び込み、その柝と附け板を持って来てもらい、お客さんに見せてくれた。すごい!流石は演劇の世界では屈指の劇場である世田谷パブリックシアター。大道具さんの心意気も素晴らしいのだ。拍手!

「柳田格之進」。片岡一郎先生の活弁が碁盤を真っ二つに斬る場面があったので、もしや…と思ったら、一之輔師匠が黒紋付で登場し、やっぱり「柳田」だった。

この噺の最大の眼目は萬屋の番頭、徳兵衛の嫉妬だろう。月見の宴の晩に紛失した50両について、番頭が「ことによると、柳田様では?裏長屋にお住まいになり、粗末な暮らしをなさっています。人間には出来心というのがある…」と言うと、主人の源兵衛は「他人のモノに手を付ける、そのような方ではない。忘れなさい。その50両は私の小遣いにしておきなさい」と返されてしまう。

番頭としては身寄り頼りのない自分をここまで育ててくれた主人に対する忠義心がある。それを昨日今日知り合った、どこの馬の骨か判らない男に肩入れされ、男の焼き餅が働いた。翌日に主人に内緒で柳田宅を訪れ、50両を知らないか?と問わずにはいられなかったのだろう。

実際、柳田は50両を拵えて番頭に渡した。番頭は「50両出ました!やっぱり、柳田様でした!」と自分の手柄のように報告することが、主人の源兵衛の逆鱗に触れる。「馬鹿野郎!誰が頼んだ?鬼の首を取ったみたいな顔して。柳田様がお困りだったら、私はいくらでも差し上げるんだ。主思いの主殺しとはお前のことだ!」。番頭は初めてここで余計なことをしてしまったことに気づく。

噺の最終盤で、出世をした柳田が萬屋を訪れ、濡れ衣を着せられた代償として約束通り、源兵衛と徳兵衛の首を討つところ。「私が命じた」と言って番頭を庇う主人に対し、番頭は「私が勝手にやったことです。旦那は何も知らなかったのです。どうか私だけを斬ってください」と柳田に懇願するのは、自分の嫉妬を責めた上での言動だろう。

この噺の二つ目の眼目は柳田の武士の矜持だ。萬屋に誘われて、碁を打つばかりか、酒肴までの饗応を受けることが侍として良いものか、若干の躊躇があった。だが、いずれ自分が世に再び出たときに恩返ししようということで自分を納得させている。

真っ直ぐで、曲がったことが大嫌い、嘘は一つもないという人柄の柳田はそれゆえに「柳田も良いが…」と疎まれ、彦根藩を追われて浪人の身になってしまった。なぜ自分ばかりが…という思いを持ち続けていた。だから、萬屋番頭から50両紛失の濡れ衣を着せられたときも、自分の悲運を嘆き、一旦は切腹を決断したのだと思う。奉行に届けられたら、またどんな誤解を受けるかもしれない。町人の家に気軽に出入りして、饗応を受けていたことに対する天罰だと思ったのかもしれない。柳田の家名に傷をつけたことを恥じ、切腹によって身の潔白を示そうと思った。

それを救ったのが娘お絹の聡明だ。「腹を召すことだけはおとどまりください」。お絹は父の胸の内を見抜いていたのだ。「私にはわかります。あらぬ疑いを掛けられ、武士の赤き心を示すつもりかもしれませんが、相手は町人です。ものの無駄です」。そして、親子の縁を切って、自分の身を吉原に売って50両を拵えるように提言する。「盗らぬものは必ず後日出てきます。そのときに萬屋の首を討てばいいではありませんか…絹は武士の娘。柳田格之進の娘です」。お絹の聡明のお陰で、柳田格之進の武士としての矜持を示すことができたと言っていいだろう。

そして、三つ目の眼目が萬屋源兵衛と柳田との間に流れる友情である。源兵衛の言葉を借りれば、「あの人の人柄は碁盤に顕われている」。源兵衛はその柳田の人間性に惚れていた。それが、番頭のおせっかいな言動によって、一度は「大事な友達を失ってしまった」と悲しみに暮れた。

噺の最終盤、見事に江戸留守居役500石に出世した柳田が現れ、娘お絹も店に出る前に身請けをすることができ、この度は他家に嫁ぐことが決まったという嬉しい報せを受ける。首を討たれることから放免された萬屋は「その婚礼の支度をさせてください」と願い出る。罪滅ぼしにはなりませんが…と断って。

そして、お絹の婚礼が無事に済むと、柳田は言う。「萬屋殿、桜も満開。良い春だ。明日、材木町の碁会所に行こうと思う。ひとつ、お手合わせ願いたい」。源兵衛にとって何よりも嬉しい柳田の誘いの言葉である。一旦は途切れたと思った友情が復活したのだ。良かった、良かった。

お絹の婚礼という一幕を入れるという一之輔師匠の工夫により、さらに素敵に仕上がった「柳田格之進」に唸った。