鈴本演芸場七月上席 三遊亭わん丈「近江八景」、そして歌舞伎「義経千本桜 河連法眼館の場」

上野鈴本演芸場七月上席中日昼の部に行きました。今席は三遊亭わん丈師匠が夜の部の林家つる子師匠同様、真打昇進から史上最速で定席10日間の興行の主任を勤めている。初日「ねずみ」、二日目「お見立て」、三日目「匙加減」~「花魁の野望」、四日目「井戸の茶碗」と並べ、きょうは「近江八景」だった。

「寿限無」柳家おい太/「絹子ちゃん」三遊亭ふう丈/奇術 松旭斎美智・美登/「黄金の大黒」三遊亭歌武蔵/「花筏」柳家勧之助/ギター漫談 ぺぺ桜井/「子ほめ」古今亭菊丸/「ハーブをやっているだろ!」三遊亭天どん/漫才 すず風にゃん子・金魚/「転宅」春風亭一之輔/中入り/ジャグリング ストレート松浦/「熱血!怪談部」林家彦いち/「蔵前駕籠」春風亭正朝/浮世節 立花家橘之助/「近江八景」三遊亭わん丈

わん丈師匠の「近江八景」。ご自分が滋賀出身ということで、縁のある噺だが、今ではほとんど演り手のいない珍品だ。それを自分の噺に昇華させているのがすごい。

なぜ演り手がいないか?近江八景は何なのかがきちんと頭に入っていないと面白くない噺だからだ。その八景を説明するのは野暮かもしれないが、あえてそこに挑むスピリッツがわん丈師匠の素晴らしいところだ。何と高座下手に滋賀県の地図と八景が書かれた巨大扇子を設置して、丁寧に説明する。滋賀県というと琵琶湖が面積の半分と思い込んでいる(実際は1/6)ような知識がぼんやりしている私たちに、三重と岐阜と福井と京都に囲まれているという初歩的な地理からスタートして、近江八景を解説した。

①粟津の晴嵐②石山の秋月③瀬田の夕照④三井の晩鐘⑤唐崎の夜雨⑥堅田の落雁⑦比良の暮雪⑧矢橋の帰帆。ここになぜか、膳所(ぜぜ)が入っていないということ、この八景は山手線の駅の位置関係になぞらえると判りやすいということまで含め、誰一人置いてけぼりにしない。親切である。

吉原の紅梅花魁と年季が明けたら夫婦になると約束したが、他に言い交わした男がいるみたいだという情報を得た男は不安になり、占い師にみてもらう。そのときに材料にしたのが、紅梅から貰ったという手紙。近江八景を読み込んだ文面になっている。

恋しき君の面影を しばしほどは見いもせで 文の矢橋の通い路や 心かたたの雁ならで われから先に夜の雨 濡れて乾かぬ比良の雪 瀬田の夕べと打ち解けて かたき心は石山の 月も隠るる恋の闇 会わずに暮らすわが思い 不憫と察しあるならば また来る春に近江路や 八つの景色に戯れて 書き送りまいらせ候 かしく

この手紙が読まれるときに、噺に入る前にヴィジュアルで近江八景の解説がされているのといないのとでは大違いだ。お陰で占い師の解読もすっきりと頭に入り、最後のサゲも膝を打つことができる。さすが、抜擢真打!

夜は社会人のための歌舞伎鑑賞教室に行きました。演目は「義経千本桜 河連法眼館の場」。佐藤忠信と源九郎狐を中村芝翫、静御前を坂東新悟、源義経を中村福之助。

親を慕う源九郎狐の一途な情愛がテーマだが、さて源九郎狐はどこから佐藤忠信に化けていたのか?遡ると、この一幕よりずっと以前、義経の家来の弁慶が頼朝が差し向けた討手を打ち倒し、義経は都落ちを決意して愛する静御前に初音の鼓を預けて渡すところから。そのとき、頼朝の郎党が現れるが、義経の家臣・佐藤忠信が駆けつけ、危機から救う。もうこのときの忠信は源九郎狐が化けていた偽の忠信だったのだ。そして、義経はその忠信に「源九郎義経」の姓名を与え、自らになり代わって静御前を守るように命じる。本物の忠信は母親の容態が悪くなっていて、帰郷していたのだ。そこのところ、重要じゃないかもしれないけど、前から疑問に思っていたので、今回「これまでのあらすじ」を読んで理解した。

源九郎狐の両親は雨乞いの儀式のために人間の手に掛かって、「初音の鼓」の皮にされてしまった。源九郎狐は鼓になっても両親の魂はそこにあると考え、静御前を守護するという形で付き添っていた。親を思う子の気持ち…。この話が打ち明けられたとき、義経は深く心を打たれる。それは戦乱の世で幼少期に父母と離別し、現在は兄の頼朝に命を狙われているという我が身と重なり合う部分があったということだろう。

ところで、源九郎狐を演じるのは難しい。狐の鳴き声に似せて台詞を言う「狐詞」、狐の手を模した「狐手」、それに俊敏な動きで狐らしさを表現するところ。芝翫丈はあまり上手とは言えないように思った。特に「俊敏な動き」は厳しいものがあった。今回、Bプログラムで観劇したのだが、Aプログラムは芝翫丈の長男である橋之助丈が佐藤忠信と源九郎狐を演じている。還暦に近い父親よりも、二十代の息子さんの方が「俊敏」という点だけとってみれば、ケレンと呼ばれる派手な演出は適役なのかもしれないと思った。