日本浪曲協会七月定席 天中軒雲月「中山安兵衛婿入り」

木馬亭の日本浪曲協会七月定席四日目に行きました。猛暑日を記録したが、講談枠で出演した一龍斎貞鏡先生が怪談の「宗悦殺し」を読んだ。昨日、お岩稲荷にお参りに行ってきたそうだ。浪曲には怪談は少ないので、講談が1枠あるのはとても良い。

「浪花節爺さん」玉川き太・玉川鈴/「出世定九郎」三門綾・広沢美舟/「愛染松山城」富士実子・伊丹けい子/「猫餅の由来」澤雪絵・玉川鈴/中入り/「慶安太平記 正雪と牧野弥右衛門」木村勝千代・広沢美舟/「真景累ヶ淵 宗悦殺し」一龍斎貞鏡/「仙台の鬼夫婦」玉川福助・玉川鈴/「中山安兵衛婿入り」天中軒雲月・広沢美舟

雪絵先生の「猫餅の由来」。舞台は小田原でなく、掛川。繁盛している“本家猫餅”ではなく、婆さんが一人で営んでいる向かい側の“本家猫餅”を応援しに行くという、甚五郎の心意気がまず良い。

雨でずぶ濡れになった猫を爺さんが助けてあげたら、その猫が銭函の横に座り、お客が一皿6文のお代を払うと、ニャアと一声鳴く愛嬌が評判となり繁盛した。向かいの蕎麦屋がこれにあやかろうと餅屋を開業したが、客が寄り付かないので、「その猫を貸してくれ」と頼んできた。お爺さんは人が好いから「困ったときはお互い様」と貸してあげたが、今度はニャアどころか全く鳴かない。恩義というものが判っていた猫なんだろう。だが、向かいの餅屋の主人は腹立ちまぎれに猫を薪で叩き、猫は死んじまった。酷い話だ。

爺さんは悔しがり、店の裏に墓を作って朝晩にお経をあげたが、これがもとで病となり、爺さんまでもが死んでしまった。遺言は「店はやめてくれるな。看板は下ろしてくれるな。向かいの餅屋に意地を張ってくれ」。婆さんは何とか集客しようと、大工の吉兵衛さんに招き猫を彫ってもらったが、鼻を鼠にかじられただけで、何の御利益もなかった…。

この話を聞いた甚五郎は漢気を出す。生まれついての名人気質。押し入れにしまってあった招き猫に「ちょっとおまじないをかける」と言って、招く右手の掌を返して、“戴き猫”を拵えた。この掌に6文を載せると、自然と銭函の中に入る仕掛け。「手間賃なんかいらないよ。名前?俺は風来坊だ」と言って去って行くのがカッコイイ。たちまち、戴き猫は「銭勘定をする猫」と評判が広がり、婆さんの餅屋は大繁盛。逆に向かいの餅屋は店仕舞い。「お爺さん、仇が討てましたよ」。奈々福先生がよく演じる「小田原の猫餅」とは少々テーストが違う高座、面白かった。

貞鏡先生の「宗悦殺し」。深見新左衛門の按摩で金貸しの皆川宗悦に対する凶悪極まりない態度がまず強烈だ。「金はない。ないものはない。酒が不味くなる。さっさと去れ!」。「無礼討ちに致すぞ」という脅しに対し、宗悦が「無礼なのは旦那の方ではありませんか。斬りなさい。斬れるものなら」と返すと、深見は酔った勢いもあったのだろう、宗悦を亡き者にしてしまう。葛籠に死骸を入れ、雪降る中、桜の馬場に棄ててしまう。

深見の妻、おまさは「罪のない宗悦さんが可哀想」という気持ちでいっぱいになり、病に伏してしまう。そして、一年が経った。宗悦の祥月命日の日。おまさは「宗悦が目の前に現れた。苦しいか?と訊いてきた。きっと恨んでいるのです」と言うと、深見は「夢じゃ」と相手にしないが、おまさは「宗悦さんは今もここにいる。ほら、旦那様の後ろに、血だらけの宗悦が!」。深見も信じたくないが、自分に咎があるだけに、恐ろしい気持ちは隠しきれないのだろう。

流し按摩の笛を聞き、按摩を呼び寄せる。「腕があるな」と揉み方を褒めていた深見は「近くの者か?」と訊くと、「同じ小石川で」「小石川と言っても広いが」「戸崎町から参りました」。戸崎町は宗悦の住んでいた土地。気分が悪くなり、「帰ってくれ」と言うと、「あと一つ二つ押しましょう」。それが痛い。深見は「離せ!」と叫ぶ。左の肩先から乳の下にかけて痛むと言うと、「旦那様、このくらいの痛みではありませんでした。ちょうど去年の今月今夜、旦那様に斬られた宗悦はまだまだ痛とうございました」。怖ろしくなった深見は宗悦に見える按摩を斬ってしまう。だが、それは赤の他人の按摩だった。今度は止めに入った妻のおまさが宗悦に見える。おまさも斬ってしまった。そして、とうとう自らも命を絶ったという…。三遊亭圓朝作「真景累ヶ淵」の発端、良い出来栄えであった。

雲月先生の「安兵衛婿入り」。高田馬場の仇討の際、襷と鉢巻を貸した母娘が安兵衛を訪れ、夫の金丸が是非娘の婿になってほしいと願っているとやって来る冒頭。安兵衛が中山の家督を継がねばならぬのでと断ると、短剣を持った母親が「娘、覚悟は良いか」と言って、「殺すも生かすも中山殿。あなたの胸ひとつ」と覚悟を決める迫力、安兵衛も承知しないといけない空気が伝わる。

それでも安兵衛の考えは「うんと承知しておいて、婿入りの日から飲んで飲んで飲み尽くせば、向こうも音を上げて離縁となるだろう」。早くて10日、遅くても一カ月で帰ってくる心積もり。婚礼でも、「至って大酒家でござる。大きなヤツで頂戴したい」と言って、七合入りの大杯で二杯煽り、「これにて御免」と奥座敷に敷かれた布団で高いびき…これで作戦は上手くいくと思ったが。

母が心配し、「娘よ、安兵衛殿からお情けの言葉はあったか」と問うと、娘は顔を赤らめて「お情けどころか、背中の番して風邪ひいた」。それでも、舅の金丸は「良い婿じゃ」の一点張り。そのうちに安兵衛の方から近づいてくるだろうと高を括っていたのだろう。安兵衛も「一カ月経ったが、離縁の話がない。こりゃあ、飲み足りないか」と思う始末。根気比べだ。

ついに堪忍袋の緒が切れたのは金丸。「良い婿じゃと言っていた自分が恥ずかしい」と言って、槍を持ち出し、寝ている安兵衛目掛けて突いてきた。そこは流石の安兵衛、体をかわして槍の先端を掴んでニッコリ笑う。「まだ飲み足らぬ。もう少し飲まして殺してくれ」と肘を枕に高いびき。

すると、金丸は槍を投げ出し、両手をついて泣きを入れる。「たった一人の娘ゆえ、嫌でもあろうが、娘の婿になってくれないだろうか」と涙を流して懇願する。これには流石の安兵衛も情に流された。「そこまでとは知らなかった。それほどまでに思われたなら、中山の家督を捨てて、堀部の家に入りましょう」。この色よい返事に金丸は狂喜乱舞して、妻や娘を呼び寄せた…。

最終盤で雲月バラシという独特の演奏が入って、盛り上がる。雲月先生の力強い節と啖呵に今月も酔いしれた木馬亭の高座だった。