黒酒ひとり 桃月庵黒酒「やんま久次」、そして上昇㐂柳 春風亭柳枝「お化け長屋」

「黒酒ひとり~桃月庵黒酒勉強会」に行きました。「かぼちゃ屋」「粗忽の釘」「やんま久次」の三席。開口一番は隅田川わたしさんで「権助魚」だった。

黒酒さんが義太夫教室に通い始めたそうだ。元々声の良い人だが、「かぼちゃ屋」の売り声のところや、「粗忽の釘」で主人公が隣家に行って言うのろけに歌を入れる演出などで、その成果が発揮されていたように思う。そして何より、「やんま久次」で久次郎が啖呵を切る迫力あるエンディングはその賜物だろう。

300石取りの旗本、青木久之進の次男の久次郎は博奕の世界にどっぷりと浸かってしまい、“やんま久次”と渾名されるヤクザな男に身を持ち崩した。金が無くなると、家督を継いだ兄の久之進の住む番町の屋敷にやって来ては、無心を繰り返してばかりいる。

玄関先で「俺は江戸にはいられない兇状持ちになってしまった」と脅し、「酒を持ってこい」と管を巻き、無心というよりも寧ろ強請りに近い悪質なものだ。この様子を見かねた剣術指南役の大竹大助が「このままにしておいては青木の名を汚すことになる」と心配し、「久次郎に腹を切らせる」ように久之進に進言し、腹切りの場が支度される。

大竹が「博奕に現を抜かし、道を外れたならず者。このままでは青木の名を汚す。この場で腹を切れ!」と言うが、久次郎は「刃物を持っていない」「腹の切り方を忘れた」等と言い逃れをする。すると、大竹は「情けないぞ。わしが首を討ち落としてくれる」。これに対し、久次郎は「死ぬのは嫌だ」「命が惜しい」「もう二度と博奕は致しません。ご勘弁ください」と必死の命乞いだ。

この様子をみかねた母親が助け舟を出す。「お手討ちはごもっともです。ですが、久次郎も改心しています。命だけは私に預けてくれませんか」。これには流石の大竹も強気の姿勢を崩さないわけにはいかない。母親から預かった3両が入った巾着を久次郎に渡し、番町から本所に向かう道のりで、大竹は「もう二度と博奕はするな。母上への孝を大切にし、兄への忠義に励み、再び侍奉公が叶うようにしろ」と説教をして、久次郎と別れた。

久次郎は「御意見、ありがとうございました」と言って、大竹の姿が見えなくなったのを確認すると、途端に態度を豹変し、啖呵を切る。

孝の忠のと大層な御託を並べやがって。男と男が博奕場で身体を張って勝負する、そんな身震いするような思いもしたことがないくせに。飛び切り上等の酒と肴にありつき、いい女を手籠めにしたときの味をお前たちは生涯知ることはないだろう。そんな奴に意見されて堪るか。人生50年、俺はやりたいことをやって死ぬんだ。

理屈では兄の久之進や御母堂、それに大竹大助が言う「真面目に生きることが大切」ということは百も承知である。理に適っている。だが、アウトローで生きる久次郎にある種の美学を感じてしまうのも正直な気持ちとしてある。だからこそ、最後の啖呵に痺れてしまうのだろう。それを見事に聴かせた黒酒さんの技量に舌を巻いた。

夜は神保町に移動して、「上昇㐂柳~柳家㐂三郎・春風亭柳枝二人会」に行きました。㐂三郎師匠は「船徳」と「高砂や」、柳枝師匠は「お化け長屋」と「饅頭こわい」だった。

柳枝師匠の「お化け長屋」。古狸の杢兵衛が繰り出す怪談噺に、二人目の威勢の良い江戸っ子がいちいち突っ込むのが愉しい高座。敷金も家賃も払わなくていいと言われ、「よし!決めた!」と帰ろうとする男に「ちょっと待って!」と杢兵衛が言うと、「出るんだろう?!幽霊が!」。この噺の前提をすっかり承知している男が可笑しい。

「急いでいるんだ。トントンとかいつまんで話せ」と言ったのに、「今を去ること三年前…」「三年前!これだけでいいじゃねえか!」。「三十過ぎの後家さんに言い寄る男も多くいた」「お前も言い寄ったんだろう!スケベ爺!」。「スヤスヤと眠っている寝姿にムラムラとして胸元に手を…」「オッパイ?大好きだ、そういう話!夜中の男の手と掛けて、大名行列と解く、その心は下に下に!」。挙句の果てに、「お前がやったろ?手つきが詳しすぎる!」。六畳一間が血の海だったという説明に、「おかしいな、ガラッと開けたら、血がベッタリ…これでやれ!」と演技指導する始末。

「早い話が、三年前にいい女が泥棒に殺された、これでいいだろう!」。その後の幽霊が出てくる描写も、「遠寺の鐘が」「ゴーン」、「仏壇の鈴が」「チーン」と先を越されてしまう。「襖が音も無くツツツと開く」「ツツツと音がしているだろう!」。「髪をふり乱してケタケタケタと笑う」「ニコニコ笑うのとどう違うんだ?!」。杢兵衛の怪談噺が全部混ぜっ返される、爆笑の高座だった。