歌舞伎「伽羅先代萩」
團菊祭五月大歌舞伎夜の部に行きました。「伽羅先代萩」と「四千両小判梅葉」の二演目。
「伽羅先代萩」。政岡を尾上菊之助、千松を尾上丑之助、鶴千代を中村種太郎。栄御前を中村雀右衛門、沖の井を中村米吉、八汐を中村歌六体調不良のため、中村芝のぶ。
足利頼兼の嫡子・鶴千代の命を、乳人の政岡が息子の千松を犠牲にしてでも守るという主君を思う気持ちに心奪われる。局の沖の井が用意した御膳だが、毒殺を恐れ、自分が用意した食事以外は鶴千代に食べさせない政岡の徹底した指示をしっかり守る幼子の健気さも良い。鶴千代は千松とともに、政岡に褒められたい一心で空腹を堪えている。
茶釜で米を炊いている政岡の背後から見つめる鶴千代と千松。間もなく炊き上がると喜び合う、その様子に政岡は思わず涙ぐむ。鳥籠の中にいる子雀のところへ親雀が飛んで来て子雀に餌を与える姿が政岡と鶴千代・千松のそれと重なり悲哀を感じる。気晴らしに歌う雀の唄がその哀愁を増幅する。
御家横領を企む一味である栄御前が訪れ、土産に持参した菓子を鶴千代に勧めるときもそうだ。思わず手を伸ばす鶴千代を制する政岡。栄御前は「管領家からの贈り物を疑うのか」と政岡に詰問する。そのときに、その困窮を救ったのは千松だった。母親から万が一のときの心得を躾られていた千松は、走り出て、手当たり次第に菓子を食べ、菓子箱を蹴散らかす。
途端に苦しみ出す千松。菓子には毒が仕込まれていたのだ。これはまずい!と考えた八汐は千松の喉に短刀を付き付ける。沖の井らは八汐を責めるが、八汐は「幼子といえども管領から賜った菓子を足蹴にした罪は重い」と言って、さらに喉をえぐるように短刀を突き回す。苦しみの声をあげる我が子千松が嬲り殺される様子を、政岡は鶴千代をしっかりと抱きながら見つめるしかない。ああ、何ということだ。
これによって、千松は息絶えたが、栄御前は政岡が御家横領を狙う派閥の一員と思い込んだ。我が子が残忍に殺されても慌てなかったのは、千松と鶴千代を幼い頃に取り替えたのだと邪推したのだ。
栄御前を見送った政岡は抑えていた悲しみがこみあげる。千松の亡骸に駆け寄る。千松が命懸けで鶴千代を守護したことを褒め讃える。御家横領を企む仁木弾正たちの連判状を手に入れたことを歓ぶ。だが、我が子を殺された悲しみと無念は堪えることができない…。
親子関係より主従関係を第一とした時代の価値観を憎むと同時に、やはり親子の情愛ほど尊いものはないのだと確信した芝居だった。