林家つる子真打昇進披露興行「中村仲蔵」、そして古今亭文菊「庖丁」

国立演芸場主催の林家つる子真打昇進披露興行に行きました。5日間興行のうち、つる子師匠とわん丈師匠が二人とも出演するのはきょうのみ。主任はつる子師匠で「中村仲蔵」をしっかりと演じ、脇に回ったわん丈師匠も意欲的に斬新な演出の「子ほめのイヤホンガイド」。どちらも聴きたかった演目だったので嬉しかったし、鈴本、末廣、浅草、池袋、そして国立と僕は10日間通ったが、全くネタかぶりがない!という…本当に良い披露目を見せてもらったという感謝の気持ちでいっぱいになった。

「やかん」入船亭辰ぢろ/「寄合酒」三遊亭伊織/「マキシム・ド・呑兵衛」五明楼玉の輔/漫才 青空一風・千風/「有名人の家」三遊亭天どん/「新聞記事」林家正蔵/中入り/口上/「子ほめのイヤホンガイド」三遊亭わん丈・春風亭だいえい/太神楽 鏡味仙志郎・仙成/「中村仲蔵」林家つる子

口上の並びは、玉の輔、天どん、わん丈、つる子、正蔵。司会の玉の輔師匠は徹頭徹尾、洒落のきつい冗談で貫き通す。円丈没後、わん丈が兄弟子の誰に預かってもらうか、一番楽そうな天どん師匠を選んだとか。ふう丈が弟弟子のわん丈の披露目の手伝いを一生懸命にやっているが、これが逆だったら、わん丈は絶対手伝わないだろうとか。わん丈は色男でアグレッシブだから、きょうの客席にも不倫関係にある6人の女性が来ているとか。

つる子は美人で、桃花なんか目じゃないと思っている、桃花の藁人形を作って、釘を打っているとか。つる子という名前の由来は「お肌がつるつるしているから」だったが、14年後の今は…未だにつるつるです!とか。披露目中は泣いてばかり、顔がぐしゃぐしゃになるまで泣く、鼻水を垂らす、その鼻水から虹が見えるとか。すべて嘘で固めた玉の輔師匠一流のブラックユーモアで客席を沸かせた。

天どん師匠。40日間の披露目、ずっとグダグダな口上が続いたが、きょうもそれは継続。本来であれば、副会長の正蔵師匠が三本締めの音頭を取るはずだが、「天どんさんにお願いします」という無茶振りをされて、三本締めの前の口上もこれまたグダグダ。正蔵師匠が横からサポートして、「船場吉兆の記者会見みたい」と玉の輔師匠に突っ込まれていたのも可笑しかった。皆に天どん師匠の人柄が愛されているのが伝わってきた。

正蔵師匠。二人とも新しい息吹をこめている古典、そしてユニークな新作、どちらも素晴らしい。が、芸風が暑苦しい(笑)。お客様に立ち向かうパワーを頼もしく思います。つる子は「未亡人」とか「旅館の若女将」とか、わん丈は「歌舞伎町のホスト」とか「結婚詐欺師」とか、色々とからかわれているが、落語に対する志の高さ、勉強熱心は大したもので、落語協会の大きな戦力になること請け合いです。出る杭は打たれるけど、叩かれてもへこたれない、よし!やってやろうという意欲が素晴らしいと絶賛した。

わん丈師匠の「子ほめのイヤホンガイド」。マクラで初めて歌舞伎座で歌舞伎を観たときの体験を喋り、「イヤホンガイド」があると初心者でも判りやすかったと言った後、一旦高座を下がる。メクリがプログラムにはない「春風亭だいえい」に返されて、出囃子にのってだいえいさんが高座にあがり、「子ほめ」を演りはじめる。と同時に下手に椅子が置かれ、そこにわん丈師匠が座る。そして、だいえいさんの噺の合間、合間で解説が入るのだ。これが噂の「子ほめのイヤホンガイド」か!

だいえいさんは二ツ目で、前座時代は枝次と言って、「スーパー前座」として優秀だったが、「だからと言ってスーパーはそういう意味じゃない!」とか。だいえいさんが着ている着物は「着物処山本」で誂えたが、体格を過少申告したためにツンツルテンに仕上がってしまい、それを先輩に指摘されると、「洗ったら、縮んだんです」と答えていたが、「ポリエステルは縮まない!」とか。色々な情報を入れて笑いを取り、「落語はわかりやすい芸能だから、イヤホンガイドはかえって邪魔ですね」。この後、「半分でございます」とオチを言って下がりますので、拍手をしてください(笑)。わん丈師匠の発想の凄さに拍手喝采だった。

つる子師匠の「中村仲蔵」。名人に登りつめた仲蔵の陰に、女房おきしの支えがあったことを強調する演出が光る高座だ。名題に昇進して初の役が「五段目の斧定九郎一役」。仲蔵が「金井三笑の意趣返しだ。悔しい」と落ち込んだが、おきしは前向きである。

良かったね。私だったら、初代仲蔵が斧定九郎をどうやって演じるか楽しみにするよ。私が父から三味線を習っていたときに言っていた。斧定九郎は重役の倅、山賊姿なのはおかしい。それを変えてくれる役者が現れるかもしれないって。そのときが来たんだよ。

仲蔵は良い工夫が浮かぶように、三囲稲荷ほか、街にあるお稲荷様を見つけると、「一世一代の斧定九郎を演じさせてください」と願を掛けた。初日まであと5日。雨宿りに入った蕎麦屋で出会った一人の旗本の姿を見て、仲蔵は閃いた。「これだ!」。五段目に関わる役者や衣装、鳴り物などの裏方を家に集めてアイデアを話して、協力を求めた。

そして初日。花道に今まで観たことのない定九郎が登場した。「日本一!」と客席から声が掛かると思いきや、全く掛からない。観客はハッと息を飲んだ。その美しさに唸った。だから、声が出なかったのだ。与市兵衛を殺し、猪が走り抜け、勘平が撃った鉄砲に当たり、定九郎が虚空を掴んで倒れる…。その一連の流れを三味線や附け、太鼓などを使って、つる子師匠が無言で上半身のアクションだけで表現したのが素晴らしかった。僕自身も本当に息を飲んだ。

「しくじった」と思った仲蔵はおきしの許に行き、上方へ行って稽古のやり直しをすると告げる。おきしはこれを素直に受け入れ、送り出す。

いってらっしゃい。お前さんが決めたなら、そうすればいい。これで楽しみが増えたよ。また仲蔵が大きくなって帰ってくる。私は大丈夫。私のことは私にまかせて。お前さんはお前さんの芝居をすればいい。

だが、仲蔵の新演出は「大しくじり」ではなかった。芝居帰りの客は「五段目が良かった。あんな定九郎は観たことがない。あの役者はすごい。明日も観に行く」と絶賛した。仲蔵は師匠に呼ばれ、「しくじった?何を言っているんだ。大当たりだよ!お前の定九郎を観たいと客が大勢詰めかけている。よくあれだけの定九郎を思い付いた。この芝居は何十日続くかわからない。俺は師匠として誇らしいよ」。

仲蔵はおきしのところに戻る。「褒められた」と報告すると、おきしは「良かった。当たり前だよ。私の目と耳がおかしくなったかと思った。あんないい定九郎はないもの」。「信じられない。狐につままれたみたいだ」という仲蔵に、「信心したのがお稲荷様だもの」。素敵な芝居噺だった。

夜は水天宮前に移動して、「古今亭文菊の会」に行きました。「庖丁」と「船徳」の二席。ゲストは音楽パフォーマンスののだゆき先生、古今亭志ん松さんが「粗忽の釘」。開口一番は柳家ひろ馬さんで「好きと怖い」だった。

文菊師匠の「庖丁」。あこぎな久次とお人好しの寅の対照がいい。それによって起こる逆転劇が面白い。「清元の師匠の亭主としてもぐずりこんでいる」が、「脇に若くていい女が出来た」ので、間男芝居を打って「田舎の芸者に売り飛ばそう」という久次の発想のあくどさを思う。

寅は久次に言われた通りに、清元の師匠おあきの処を訪ね、久次兄貴がいないなら待たせてもらうと言って、手土産の酒を飲みだす。「肴なんか何もない!」と言うおあきに対し、「なら、出しましょう!」と言って、寅が鼠いらずの上から二段目から佃煮を出し、台所の上げ板三枚目からぬか漬けを取り出す不気味さに、おあきがビックリする様子が可笑しい。

寅はおあきにも酒を勧めるが、「不調法で」と断られ、しつこく勧めると、「結構でございます!」。寅が小唄の八重一重を口ずさみながら、おあきの身体を触ろうとすると、叩かれ、なお触ろうとすると、思い切り打たれるところ、この噺の見せ場だ。

山も朧に薄化粧 娘盛りはよい桜花 嵐に散らで主さんに 逢うてなまなか後悔やむ 恥ずかしいではないかいな

そんなに邪険にすることはないだろうと寅が言うと、「女を口説く顔かい!ダボハゼみたいな顔して!」。これでお人好しの寅も嫌になっちゃった。実はお前の亭主の久次に頼まれたと田舎の芸者売り飛ばしの話を暴露すると、おあきの態度が急変。「寅さん、私と一緒になっておくれでないかい?」。久次のために卸した着物を寅に着せ、奥から刺身を出してきて、お酌をする甲斐甲斐しいおあき。

久次が出刃庖丁を持って「よくも間男しやがったな!」と乗り込んできても、「きょうからは、この寅さんがうちの人だよ」と突き返す大逆転劇。塩を撒かれて、退散するしかない久次の情けなさが痛快な高座だった。