五月文楽公演「ひらかな盛衰記」、そして三遊亭兼好「佃祭」
五月文楽公演Bプログラムに行きました。「ひらかな盛衰記」の半通し公演だ。義仲館の段・楊枝屋の段・大津宿屋の段・笹引の段・松右衛門内の段・逆櫓の段。4時間48分の体力勝負だったが、面白かった。
平家を打倒し、朝日将軍を名乗った木曾義仲vs兄・頼朝の命を受けて義仲討伐に向かう源義経という構図。その中の義仲四天王の一人である樋口次郎兼光をはじめとする義仲の残党の運命をめぐる筋をピックアップして構成した公演だった。
義仲の正室・山吹御前とその一子・駒若君を守ることを託された腰元のお筆の奮闘ぶりにまず心を掴まれる。楊枝屋の段で、お筆は山吹御前と駒若君を連れて楊枝屋を営む自分の父親である鎌田隼人の許へ行き、匿う。隼人は二人の娘、お筆と千鳥を木曾義仲と梶原景時の許へそれぞれ奉公に出し、源氏への帰参の機会をうかがっていたのだ。結果的に義仲と梶原という対立する人物に奉公に出していたというのが問題を複雑にするのだが、この度は義仲側に回ったと考えて良いだろう。
鎌倉方の詮議の手がのび、梶原の郎党・番場忠太が手勢を率いて隼人宅の周りを取り巻いてしまうが、隼人が機転を利かせたのが面白い。飼っていた猿を若君の身替りにして、忠太らを家の中に閉じ込め、闇に紛れて逃げるのだ。山吹御前、駒若君、隼人、お筆の一行は本国の木曾を目指して、大津の宿に辿り着く。
大津宿屋の段で山吹御前一行が巡礼姿の家族と出会う、ここが大きなポイントになる。船頭・権四郎と娘およし、それに孫の槌松だ。駒若君と槌松が同じ3歳だということもあり、意気投合した。夜中にこの二人の子どもが目覚め、布団から這い出して一緒に遊んでいた。この宿に番場忠太が詮議のために大勢を引き連れて踏み込んできた。何かのはずみで行燈の灯が消え、真っ暗の中、部屋は大混乱に…。山吹御前一行は這う這うの体で忠太の追っ手から逃れることが出来た。
ところが!というのが笹引の段だ。危ういところを裏の大藪に逃げることができたと安心したのも束の間、隼人は忠太に討たれ、山吹御前が抱く駒若君も無惨に殺されてしまう。さらに山吹御前までも我が子が目の前で殺されたことでショック死してしまう。残されたのはお筆ひとり…と思って山吹御前の抱く亡骸をよく見てみると、駒若君ではなく、巡礼家族の槌松だった!混乱の中で駒若君と槌松を取り違えてしまったのだ。お筆は主人と親の仇を討つ決意を新たにする。
そして、松右衛門内の段だ。巡礼していた権四郎とおよしが住む家である。およしは前夫が早逝したために、新しい婿を迎えていた。松右衛門である。梶原景時に呼び出され、船頭として権四郎から仕込まれた逆櫓の技術が認められ、出世が約束されたと喜んでいる。そして、大津の宿で槌松と取り違えて連れて来た駒若君を自分の子どものように大事に育てている。
そこへお筆が訪ねて来て、取り違えた槌松が亡くなってしまったと報告し、泣いて詫びる。およしは嘆き悲しむが、権四郎は怒っている。駒若君を返してほしいと頼むお筆に対し、そんな都合の良いことがあるか、駒若君の首を斬って渡してやると息巻く。
そこに駒若君を抱いて松右衛門が現れた。自分は実は義仲の家臣、樋口次郎兼光で、権四郎に婿入りしたのは逆櫓の技術を習得し、船頭として敵である義経に近づくためだったと告白する。そして、槌松がこの義仲の御落胤である駒若君の身替りになって忠義を立てたのだと喜ぶ。この真実を知り、権四郎も怒りが収まり、樋口の武士道を立てさせてほしいという願いを認める。そして、お筆は駒若君を樋口に託し、父の仇討のために旅立つのだ。
逆櫓の段では、権四郎が鎌倉方の武将の畠山庄司重忠に対し、駒若君のことを自分の孫の槌松だ、樋口次郎兼光とは血縁のない孫の命を助けてほしいと願い出て、駒若君を助けた。実際には重忠も権四郎の計らいには気づいていたが、知らぬふりをして情けをかけたというのも素晴らしい。
偶然とはいえ槌松が駒若君の身替りになったことを皆が美談と考えることは現代では考えられない。だが、この時代の主従関係、そして親子関係の価値観に思いを馳せることができたのも、この物語の優れている点であろう。
「人形町噺し問屋~三遊亭兼好独演会」に行きました。「天災」と「佃祭」の二席、ゲストは江戸糸操り人形の上條充さん、開口一番は三遊亭けろよんさんで「弥次郎」だった。
「佃祭」。次郎兵衛さんが終い船に乗るところを、3年前に本所一ツ目の橋で身投げしようとしているところを5両恵んで助けてくれた方ではありませんか?と呼び止めた女性。この女性にとって次郎兵衛さんは“命の恩人”だが、次郎兵衛さんにとって、この女性が“命の恩人”になる運命がこの噺の肝だ。すなわち、その終い船がひっくり返り、乗っていた人は誰ひとり助からなかったのだから。
この女性は命を救ってくれた恩人の名前も所番地も訊かなかった。その後に夫婦になった金五郎からも「命の親の名前も訊かないなんて」と小言を言い続けられていた。だから、勝手に「一ツ目の旦那」と呼んで、神信心をした。大神宮様、住吉様、薬師様、とげぬき地蔵、戸隠様、弁天様…。大神宮様と住吉様が祀ってある神棚に間に「一ツ目の旦那」と書いた人形を祀っているというのが可笑しい。
いやいや、私も溺れずに済んだのだから、お互い様ですよという次郎兵衛さんに対し、金五郎は「それは違う。自分で自分を助けたようなものですよ」と言う台詞に合点がいった。まさに、情けは人の為ならずである。
一方、神田御玉ヶ池の次郎兵衛さん宅は、終い船が沈んだという報せを聞いて、早くも次郎兵衛さんの通夜の準備が始まる。そのときの、鉄公の惚気(のろけ)の悔やみが最高に可笑しかった。自分が女房を持てたのは次郎兵衛さんが世話をしてくれたお陰。女房は見た目が綺麗なだけでなく、気立てが良い上に、家事一切が達者。一度だけ友達の付き合いで吉原に行った帰りの朝、女房が悋気を起こしたが、これが可愛いの、それでまた仲直りした…と夫婦仲の良さをアピールするエピソードを、悲嘆に暮れている次郎兵衛さんの女房の前で延々と喋り続けるという…。
次郎兵衛さんの遺体を引き取りにいかなきゃいけないので、身体的特徴はあるか?と問われ、女房が「右の二の腕の内側に“たま命”と彫ってあります」。そこに金太郎が漕ぐ船で到着した次郎兵衛さんが帰還。長屋の衆は一斉に「ジジジ・・・」と蝉みたいに驚いているのが愉しい。事情を次郎兵衛さんが説明すると、女房のおたまは「私がこれだけ心配していたのに、女と酒を飲んでいたなんて…きっと、いい女だから助けたに違いない」とどこまでも悋気を起こしているのが可笑しかった。