三遊亭わん丈真打昇進披露興行「牡丹燈籠 お露新三郎」、そして三遊亭ぐんま「文違い」

国立演芸場主催の三遊亭わん丈真打昇進披露興行に行きました。都内4つの寄席での40日間にわたる興行が4月いっぱいで終わり、残すはこの紀尾井町ホールでの興行のみ。主任のわん丈師匠は「披露目で怪談は避けるべきだと言われているが、その理由はこれまで誰もやったことがないから。だったら、その誰もやっていないことをやりましょう」と意欲を燃やし、「牡丹燈籠」を掛けた。本当に、この人はすごい。

「金明竹」柳家しろ八/「狸札」金原亭杏寿/「歯ンデレラ」林家きく麿/漫才 青空一風・千風/「長島の満月」林家彦いち/「いたちの留吉」三笑亭天どん/中入り/口上/「ぐつぐつ」柳家小ゑん/太神楽 鏡味仙志郎・仙成/「牡丹燈籠 お露新三郎」三遊亭わん丈

口上は下手からきく麿、彦いち、わん丈、天どん、小ゑん。司会のきく麿師匠はいきなり「三遊亭わん丈改め三遊亭わん丈の真打昇進披露口上を申し上げます」(笑)。新作も面白いのに、古典も本格派、尚且つ男前とベタ褒めし、近江商人はケチだと言われていますが、楽屋のお弁当も豪華でした。わん丈さんは北九州大学出身ということで、私が反社の多い北九州生まれと聞いて恐れていたそうですが、そんなに怖がる必要はありませんと笑わせた。

きく麿師匠から「新作のパワーファイター」と紹介された彦いち師匠は、きく麿師匠を「土俵下の審判みたい」と返す。「寄席40日間興行お疲れ様」という言葉をわん丈のみならず、師匠の天どんさんにも贈りたいと。いつも楽屋の隅でオンラインゲームをしていて、口上も心はこもっているのに歯切れが悪く、さん喬師匠から「あれでいいのか」と言われていたけれど、そういう天どんさんをお客様はこれからも支えてあげてくださいとお願いした。きく麿、彦いち、天どんと自由演技の高座が続いたので、わん丈が普通の高座をやったら承知しない!新作と古典の壁を超えた円丈イズムを引き継いでほしい!と檄を飛ばした。

小ゑん師匠。およそ50年前に渋谷のジャンジャンで「実験落語」を円丈さんと一緒に私は立ち上げた。そのときに客席にいた昇太たちは私たちを踏み台にして人気者になった。円丈さんは今の新作の隆盛を築き上げた人、その血がわん丈には流れているはず。この披露目を円丈さんが見たら、どれほど喜んだことか。きっと天国から見守っているはずですと締めた。

きく麿師匠から「コミュニケーション障害」と紹介された天どん師匠。わん丈の抜擢真打はすべて円丈の功績と言った後、円丈は天国にはいないが、どこかにいる、先日は池袋演芸場で蠅になって飛んでいました、と冗談めかしながら喜びを隠せない様子だったのが良かった。

わん丈師匠の「お露新三郎」。彦いち師匠が言った通り、普通には演じない。高座に巨大扇子を運ばせて、高座の横に設置。表には全21章からなる「牡丹燈籠」の構成が書かれ、奇数の章と偶数の章の二つの軸で展開し、最後にこの二つが重なり合う流れになっていると解説。裏には主な登場人物の相関図が書かれ、「牡丹燈籠」の粗筋を大雑把に説明し、この中でも一番良く映像化や舞台化がされているのが「お露新三郎」だと言って、噺に入った。

萩原新三郎が山本志丈に誘われて、亀戸の臥龍梅を観た後に、柳島の飯島平左衛門の別荘に行った。そこにいたのは飯島の娘お露と女中のお米と言った後、「東京ラブストーリー」のテーマ曲♬ラブストーリーは突然にが流れ、円丈師匠がアクションをつけながら歌い上げるという画期的な演出で、新三郎とお露が見つめ合い、互いに惹かれ合ったことを表現するという…。素晴らしい!

「またすぐに来てくれないと私は死んでしまいます」というお露の言葉が忘れられず、新三郎が飯が喉を通らずに痩せてしまった。心配した伴蔵が気晴らしに誘った釣りに新三郎は「もしかしたお露に会えるかも」と出掛け、船を岸につけたときに新三郎は降りて柳島の別荘の方へ歩いて行くと、偶然にもお露に会えた。そして、二人は情を重ねる…「私はあなたを夫と心得ます」とお露は新三郎に言って、香箱の蓋を渡す。と、そのとき!飯島平左衛門が現れ、お露と新三郎を斬ってしまった…というところで、目が覚める。すべては船の上でうたた寝をしたときに見た夢だったのだ。だが、足元には香箱の蓋がある不思議。

暫くして、山本志丈が新三郎を訪ねる。柳島に行きたいと新三郎が願うと、お露は恋煩いで亡くなり、お米も後を追って亡くなったと教えられる。菩提を弔うために一生懸命にお経を唱える毎日だったが、夜になるとカランコロンと二人の下駄の足音が聞こえてくる。お露とお米だ。「私どもは萩原様が亡くなったと山本志丈から聞いた。今は谷中の三崎村にいます」と言う。新三郎はお露を招き入れ、情を重ねる…。それが三日続いた。

新三郎の様子がおかしいと気づいた伴蔵は家の中を覗くと、新三郎が骸骨と枕を交わしている。白翁堂勇斎が新三郎の人相を診ると、「あと20日で死ぬ」と出た。「あの女を遠ざけなさい」と言って、新幡随院の良石和尚の許を訪ねるように手紙を渡す。和尚いわく「憎む幽霊より、惚れた幽霊の方が怖い」と言って、お札と金無垢の海音如来の像を渡す。新三郎は家にお札を貼り、如来像を首から提げて、お経を読む。

いつものように、カランコロンとやって来たお露とお米だが、「きょうは入ることが出来ません。萩原様はお心変わりをされました」。お露は「萩原様に会いたい…あんまりだ」と思う。ここまで語って高座が終わった。素晴らしかった。

夜は神保町に移動して、「ぐんま百四十一席~三遊亭ぐんま勉強会」に行きました。「荒大名の茶の湯」「蚊いくさ」「文違い」の三席。

「文違い」。新宿の遊郭を舞台にした男女の騙し騙されの世界を丁寧に演じる。お杉は、角造には母親が病気で20両する人参を飲ませなければいけないと嘘をつき、半七には血の繋がっていない父親との悪縁を切るための手切れとして20両必要だとこれまた嘘をつき、何とか両者が懐から出した金で20両の都合がつく。お杉の手練手管の巧さが光るが、その上をいくのがお杉の間夫、芳次郎だ。

芳次郎は内障眼とかいう眼病に罹り、早く真珠という薬を付けないと失明してしまうという。その薬代が20両。お杉は惚れている芳次郎のことを思って、何とか20両を都合したわけで、100%悪い女というわけではない。寧ろ悪いのは芳次郎で、実は眼病でも何でもなく、惚れた小筆という遊女が身請けされないように手金を打つための20両だったのだ。

芳次郎がお杉を騙し、お杉が半七を騙し、それらが全て露見したことで、お杉も半七も怒りをぶちまけるわけだが、一番暢気なのは田舎者の角造。角造は馬を買って来てくれと辰松に頼まれた15両をそっくり渡してしまった最大に犠牲者なのだが、仔細を知らず、「色男だとばれるといけない」と思っているという…。

廓なんて「女に騙されて気持ち良くなっている時間を楽しむ」場所だと割り切って考えれば、騙した、騙された、といちいち目くじらを立てるのは野暮なんだろう。