落語芸術協会真打昇進襲名披露興行 山遊亭金太郎「子は鎹」

新宿末廣亭の落語芸術協会真打昇進襲名披露興行九日目に行きました。きょうは主任がくま八改め四代目山遊亭金太郎師匠。そして、同時昇進した風子改め雲龍亭雨花師匠と真紅改め三代目松林伯知先生も出演し、口上も三人が並んだ。

「阿漕ヶ浦」玉川わ太・玉川鈴/「蛇含草」桂鷹治/漫才 宮田陽・昇/「寿限無」三笑亭夢丸/「男はつらいよ 寅次郎がんばれ」玉川太福・玉川鈴/漫談 ねづっち/「鋳掛屋」桂小南/「髪結新三 鰹の強請り」神田紅/漫謡 東京ボーイズ/「辰巳の辻占」桂南なん/「金明竹」春風亭柳橋/中入り/口上/「名人伯圓」松林伯知/「狂言マック」雲龍亭雨花/「子ほめ」春雨や雷蔵/曲芸 ボンボンブラザース/「子は鎹」山遊亭金太郎

口上の司会は小南師匠。まずは雨花の師匠である雷蔵師匠から。ピーマンの苦みの成分はクエルシトリンで、卵黄を加えると苦みが薄くなるというキューピーの研究がある。だからと言って、玉子かけご飯にピーマンを混ぜたら気味が悪い。事程左様に物事は工夫をしなきゃいけない。落語を教わった通りに演っても駄目で、工夫が必要。まして女性の落語家には違和感がつきまとう。そこで自分の個性を出すことが大切、練りに練った噺を高座に掛けなければいけないと𠮟咤激励した。

続いて金太郎の師匠である南なん師匠。元々の師匠だった先代金太郎が6年前に亡くなって、兄弟弟子の私が引き取った。ようやく真打に昇進して、肩の荷がおりた気持ちですと偽りのない本音を吐露した。金太郎が良い高座をすることが何よりのご贔屓様への恩返しだと期待した。

伯知の師匠である紅先生。前の名前の真紅は私が考えに考え抜いた名前。本名の真弓の真と神田紅の紅を合わせた。その名前を捨てると彼女は言う。しかも神田も名乗らないと言う。初代伯知は創作講談で名を馳せた名人。その名跡を三代目として名乗りたいという底辺には、大学で幕末明治の歴史を研究していた彼女の熱い思いがあり、それを尊重したのだと明かした。

副会長の柳橋師匠。この新真打三人は個性が強く、先が楽しみな逸材であると。そして、全員が名前を変えるという披露目も珍しいとも。この三人の名前が寄席の看板に出ていたら、「入ってみようか」と思わせる、いわば大看板に育ってほしいと願った。

伯知先生の「名人伯圓」。二代目神田山陽先生の作品だそうだ。士族の出身だった若林駒次郎だが講釈好きが高じて、東流斎馬琴の弟子となり、調林を名乗るが、周囲の評価は決して良いものではなかった。自分は創作講談が向いているのではないかと思い、新作派の松林伯圓の芸養子となるが、安政の大地震で師匠が逝去。また、コロリの大流行もあって講釈場は閑古鳥が鳴き、困っていた。

駒次郎は歌舞伎役者の市川小団次の家の下男となり、風呂焚きとして働いていたが、駒次郎が薪をくべながら口にする軍談を小団次が聴いて事情を尋ねる。すると、小団次は後ろ盾になってやると講釈場まで作ってあげた。集客のために「二代目伯圓」を名乗り、人気役者だった海老蔵や田之助らを下足番にすると、若い女性客を中心に大勢が詰めかけ、二代目伯圓の名も世の中に知られるようになった。

「安政三組盃」「鼠小僧次郎吉」「天保六花撰」など数々の名作を生み出し、特に白浪物では“泥棒伯圓”の異名を取るほどになったという。その伯圓が弟子に取ったのが後の初代伯知という…。三代目伯知襲名に関連付けた読み物を大変興味深く聴いた。

雨花師匠の「狂言マック」。顔真似芸が得意だそうで、アンパンマンから芦田愛菜、綾瀬はるか、秋野暢子、果ては立川談志に至るまで、レパートリーの広い芸で客席を沸かせた。本題は桂枝太郎師匠の新作落語。狂言師の野村某がマクドナルドでアルバイトをしたら…というドタバタ喜劇で笑いを取った。

金太郎師匠の「子は鎹」。熊さんが番頭さんに語る台詞で本当に更生したんだなあと感じる。幸せはそこにあると有難いと思わない、なくなって初めてあのときは幸せだったんだなあと思います。悪いことしたなあと思っています。仕事がうまくいかないと酒に逃げてしまった。荒れていたんですね。

8歳になった息子の寅ちゃんとの再会。熊さんはおっかさんは元気か?お父っつぁんのことは何か言っているか?新しいお父っつぁんは可愛がってくれるか?と矢継ぎ早に訊く。これに対し、寅ちゃんは「未練がありますね」「まだ脈はありますよ」と冷静に答えているのが印象的。逆に「吉原の女とは仲良くしているか?」と訊き、「別れて、今は酒もやめて一生懸命に働いている」と知ると、「おっかさん、喜ぶよ」と嬉しそうなのが良い。

寅ちゃんの目の上の傷の件。伊藤さんの坊ちゃんと口喧嘩して、棒で打たれたが、伊藤さんのお宅からはお仕事を沢山貰っている、仕事がなくなったらご飯が食べられなくなっちゃう、だから痛いだろうけど我慢してね、惨めな思いさせてごめんね。「あの飲んだくれでもいてくれたら…」と言っておっかさんが自分のことをギュッと抱きしめた。泣きながら説明する寅ちゃんを不憫に思い、熊さんが50銭の小遣いを渡した途端に、寅ちゃんは笑顔に!「嘘泣きか!」。笑える。

明日、鰻屋でご馳走してやるという約束の件。寅ちゃんは「僕の誕生日に、おっかさんは鰻の頭と葱を煮て、食べさせてくれる。大好物なんだ」と屈託なく言うのが良い。熊さんが「明日は鰻の胴体を食わせてやる!」と言うと、寅ちゃんは「鰻に胴体があったんだ!」。貧乏しながらも、逞しく生きている寅ちゃんの姿がそこに見える。

寅ちゃんが帰宅して、50銭をおっかさんに見つけられたときも、寅ちゃんは「貰ったんだ。知らないおじちゃんに」と頑固に“男と男の約束”を果たそうとしているのが良い。だが、おっかさんが「貧乏はさせたけど、そんな子に育てたつもりはない」と、父親の持っていた金槌を持ち出して叩こうとすると、さすがに寅ちゃんも「お父っつぁんに貰ったんだあ」と告白。自分の元亭主は吉原の女とは別れ、酒もやめて、一生懸命に働いて、綺麗な着物を着ていたと聞くと、元女房として嬉しかったに違いない。「何か、おっかさんのこと言っていたかい?」に、寅ちゃんは「未練あるみたい。もしやり直すなら、あたいが間に入りますよ。人生、何かをやり直すのに遅いなんてことはないですよ」。本当に寅ちゃんはしっかりしている。

翌日の鰻屋二階。元亭主の熊さんと元女房のお崎さんの再会。「その節はどうもお世話になりまして」「そちらもお変わりなく元気で何より」。すると、寅ちゃんが「主役の二人が揃ったところで、仲人の私は失礼…」というのも、この場を和ませる緩衝材になっている。

そして、意を決して熊さんが切り出す。「一遍、ちゃんと謝らなくちゃいけないと思っていた。あのときのことを俺はどれだけ後悔しているか。知らず知らずのうちに幸せを手離してしまった。こんなこと言えた義理じゃないが、もう一遍だけ三人で暮らすことはできないか。頼みます」。

一度取り返しのつかない失敗をしても、その後の心掛け次第で、許してあげて良いこともある。熊さんは3年という時間をかけて女房を思う気持ち、息子を思う気持ちの大切さを身に沁みて感じ取ったのだ。だから、今の熊さんたち家族にはもう一度、以前のような幸せを取り戻してあげてほしい。聴き終わって、心からそう願った。