日本浪曲協会三月定席 天中軒雲月「中山安兵衛婿入り」

日本浪曲協会三月定席五日目に行きました。

「若き日の小村寿太郎」天中軒かおり・沢村博喜/「秀吉の母」東家千春・伊丹秀勇/「江戸の雪晴れ」富士綾那・沢村博喜/「青龍刀権次 偽札」玉川太福・玉川鈴/中入り/「鯉淵要人」東家孝太郎・伊丹明/「彼女の行方」田辺鶴遊/「三味線やくざ」鳳舞衣子・伊丹明/「中山安兵衛婿入り」天中軒雲月・沢村博喜

かおりさん。木馬亭定席二度目の出演。落ち着いて、よく声が出ていると素人目に思う。弁当屋の魚平と小村寿太郎の身分を超えた友情をきちんと描いている。千春さん。藤吉郎と母おなかの10年ぶりの再会。息子の出世を喜び、踊り出したくなる気持ちが伝わってくる。そして、むせび泣き。良い。

綾那さん。薪割り屋に身をやつした“村岡三平”こと村松三太夫と研ぎ師の喜平次の心の交流。スパン!スパン!と気持ち良く薪を割る三太夫に「胸がすく思いだ」という喜平次に対し、三太夫は研ぎ師は「武士の魂を扱う羨ましい仕事」だと敬意を払う。そして、討ち入り前日に“暇乞い”に来た三太夫の口から出た「この世の別れ。お名残惜しゅうございます」の真意を喜平次は判っていたのかもしれない。

太福先生。慶応元年12月17日、本郷切通しで芸者殺しをした「銀縁眼鏡に金時計、鼻の下に髭をたくわえた紳士風の男」を権次は強請るも、その人物の名前を聞かなかったばっかりに、自分の方が牢に入れられてしまう粗忽ぶり。出所して偶然にもその人物を見つけるも、10円札2枚を渡され、「3000円を明日届ける」という口約束にまたも騙される。そして、その10円札も偽札だった!という…。憎めない愚か者の権次がとても魅力的に描かれた。

舞衣子先生。父・佐兵衛の仇を討つために助蔵という男を殺した仙太郎は、長唄の師匠の杵屋長二郎の許を訪ねると、兄弟子の長吉が“若師匠”と呼ばれ、長二郎の娘おみつとの婚礼も決まっているという…。「人殺しの凶状持ちは破門だ」と長吉に言われ、仙太郎は泣く泣く三味線と撥を捨てて、旅に出る。

草鞋を脱いだのは、名古屋の喜三郎一家で、侠客として生きる道へ。だが、偶々芝居見物をしていたら、興行に来ていたおみつに呼び出され、「師匠は亡くなった。長吉は裏切り者で、酒浸りとなり、きょうもどこにいるか分からず、芝居に穴を開けてしまう。どうか、代わりに『勧進帳』を弾いてくれないか」と頼み込まれる。

「今では私はやくざ者。三味線を弾くことはできない」と答える仙三郎に、おみつは「助けてください。お願いします」と頭を下げられ、むせび泣く姿に仙三郎は心を決める。だが、そのときに現れたのは、仙三郎が殺した助蔵の兄・兼松。仙三郎は「一時、待っていただきたい。斬られる前に、大恩ある師匠への手向けがしたい。お嬢さんのために一世一代の勧進帳を弾いてあげたい」。兼松はこれを許す。

仙三郎が2年ぶりに弾いた三味線、それは見事な「勧進帳」だった。兼松に「良い腕をしている。お前の芸に惚れちまった。俺の負けだ」と言わせる出来だったのだ。強いばかりが男じゃない、義理を果たす男だ。「酒浸りで胸を患っている二代目長二郎に代わって、お前さんがお嬢さんを引き取って跡を継げばいい」。仙太郎が侠客の道から足を洗って、また長唄に戻ることが師匠に対する何よりの供養だろう。晴れやかな気分になる高座だった。

雲月先生。堀部弥兵衛金丸の妻と娘が安兵衛を訪ね、「娘の婿になってくだされ」と願い、短剣を持ち出して「娘、覚悟は良いか。殺すも生かすも、中山殿の胸ひとつ」と迫る迫力にはたじたじだ。

安兵衛が「ここで殺しちゃ大変だ。ウンと返事をしておいて、酒を飲んで飲んで飲み尽くしていれば、必ず離縁するだろう。それが一番の近道だ」と考えたけれど、甘かった。早くて10日、遅くて一月のうちに愛想尽かしをされるだろうという目算は狂った。

婚礼の席でも、三々九度、高砂やの後に、「お舅殿、安兵衛はいたって大酒家」と言って、小さい盃を拒み、大きな盃で二杯飲んで、「これにてごめん」と高イビキという作戦も功を奏せず。娘に「安兵衛さんからのお情けの言葉はあったのか?」と問うも、娘は顔を赤らめ「お情けどころか、背中の番して風邪ひいた」。それでも金丸は「良い婿じゃ。良い婿じゃ」の一点張り。安兵衛は「飲み足りないか」と思う。

だが、遂には金丸の堪忍袋の緒が切れた。「困った男だ。また酒か。きょうまで良い婿じゃと褒めていたのが恥ずかしい」。槍を持ち出し、安兵衛目掛けて突き出す。あわや?と思うと、安兵衛は槍の先端を掴んでニッコリ笑う。「まだ飲み足りない。もう少し飲ませて、殺しておくれ」と肘を枕に高イビキ。

これには金丸、槍を投げ出し、頭を下げて、「お気に召さぬこともあろうが、どうぞ婿になってやってくだされ」。すると、安兵衛は金丸の手を取り、「まずまず」と言って、両手を挙げさせ、「そこまで見込まれたとは知らなかった」。「それほどまでに思い込んでの願いとあれば、中山の姓を捨て、堀部の婿になろう」。金丸、胸を撫で下ろし「それは真実の言葉でござるか」と喜んだ。

安兵衛がいかに魅力的な人間であるのか。そして、それに惚れこんだ堀部弥兵衛金丸の情熱のすごさ。それに感じ入った安兵衛の決意。ユーモアを交えながら、素敵な人情噺に仕上げる雲月先生の手腕に唸った。