「百年目」リレー 桃月庵白酒~五街道雲助、そして柳家喬太郎独演会
上野鈴本演芸場三月上席六日目昼の部に行きました。今席は落語協会創立百年記念として、昼夜ともに日替わりで二人の真打がリレーで「百年目」を演じるという特別興行だ。きょう昼席は桃月庵白酒師匠から五街道雲助師匠への師弟リレーということで伺った。
「時そば」柳家さん花/江戸曲独楽 三増紋之助/「色事根問」古今亭文菊/「楽屋外伝」鈴々舎馬風/漫才 ロケット団/「ごくごく」林家彦いち/「長短」入船亭扇太/「宮戸川」柳家小満ん/紙切り 林家二楽/「雑俳」春風亭一朝/中入り/口上 林家彦いち/粋曲 柳家小春/「百年目」(上)桃月庵白酒/「百年目」(下)五街道雲助
白酒師匠の(上)。奉公人たちが震えあがるような大番頭の存在感と小言から、一変して一八や芸者たちとの花見に興じるが、そこに「誰かに見られたらどうしよう」という心配が見え隠れしているのが、やはり「番頭とて奉公人」という思いがあるからで、人間味を感じる。
酒が進み、酔っ払って、芸者に「土手にあがりましょうよ」と誘われ、目隠しをして鬼ごっこを楽しんでいるところで、間の悪いことに旦那と鉢合わせしてしまった。「さあ、捕まえた。お前は誰だ?一八だろう?」と言って、目隠しを取ると、目の前には旦那が…。「ご無沙汰しております。お久しゅうございます。ご壮健で何よりです」。頭の中は混乱して、わけのわからないことを口走ってしまう。
旦那はとても優しく、「酔っているから、怪我のないように無事に送り届けてあげてくださいよ」と言って、その場を去る。芸者衆は「何て粋な方」と問うと、番頭は「私の旦那だよ」。もう気もそぞろだ。しまった。何でこんなことをしてしまったのか。船から降りなきゃ良かった。私はこれからどうすれば良いのか…。「兎に角、店に帰るしかない」と言って、白酒師匠は高座を下がった。
雲助師匠の(下)。店に戻った番頭が「風邪をひいた。二階で休む」と言って、布団をかぶってからの悶々とした時間の描写が良い。首が繋がることはないだろう。「長いことご苦労様と言って、暇を出されるか」、それとも「お前という奴は何という奴だ!と怒鳴られるか」。「待てよ。今回は大目に見る。気を付けなさいと許してくれるかも」、いや、やっぱり「首になるに違いない。今から逃げた方がいいかも」。何枚もの着物を着たり脱いだりしている番頭の苦悶が目に見える。
夢を見る。自分だけ落ちぶれて、他の奉公人たちに笑われているとか、高い山から突き落とされるとか、追い剥ぎに襲われるとか。よく眠れない夜を過ごして、朝を迎え、やがて旦那に呼ばれる。「いよいよ、来たか」。
旦那はまず“旦那”の名前の由来を話す。栴檀は南縁草から肥やしを貰い、南縁草は栴檀の下ろす露で育つ。持ちつ持たれつの関係だと。「近頃、店の南縁草が萎れているように見える。もう少し露を下ろしてもらいたい」。世の中は難しい。無駄をしてはいけないというが、果たして無駄を完全に切り落として良いものか。鯛も無駄なような頭や尻尾があるから値打ちがある。役に立たないように思える奉公人でも、育てようによっては役に立つと。
旦那は番頭が11歳で奉公に来たときの思い出を話す。目がぎょろぎょろして、痩せこけ、色が黒くて、寝小便ばかりしていた。用足しを3つ頼むと必ず1つは忘れる。二桁の算盤が三月掛かっても覚えられない。それでも、どこか見込みがあると思い、丹精した。そうしたら、立派な番頭に育った。有難い。だから、番頭さんも骨折りだろうが、奉公人に露をおろしてくださいよ、と頼むところ、胸にジーンと響いた。
そして、旦那は番頭に問う。「ところで、昨夜は眠れましたか?」。私は眠れなかった。私は店のことは番頭さんに任せている。だから、商売がやりづらいだろうと思い、店には顔を出さないと決めている。帳面も一度も見たことがない。だが、ひょっとして穴が開いていないか?店が立ちいかないようになってやしないか?帳面を見て驚いた。これっぱかりの穴もない。それどころか、身代を倍近く大きくしている。あなたは自分の稼いだ金で遊んでいた。嬉し涙が出ました。私は良い家来を持った。改めて、御礼を言います。
そして、番頭に約束する。「来年には必ず、あなたの店を出せるようにします。それまで、店をお願いしますよ」。こんなに全幅の信頼を置く旦那の人間の大きさも素晴らしいし、信頼された番頭は幸せものだ。そして、冗談めかして最後に言う台詞も素敵だ。「私は番頭さんほど不器用な人はいないと思っていました。だけども、昨日の踊りは素人とは思えなかった。ここに孫の太鼓があるから、踊ってくれませんか」。ユーモアも交えながら、旦那と番頭の絆をしっかりと確かめているところに、僕は涙を禁じえなかった。
夜は調布に移動して「柳家喬太郎独演会」に行きました。「寝床」と「えーっとここは」の二席。開口一番は柳家小太郎さんで「のめる」、ゲストは寒空はだか先生だった。
「寝床」。繁蔵が旦那に対し、長屋の住人も店の奉公人も全員が義太夫の会に欠席であることを告げた後、旦那が放つ「繫蔵、お前はどうなんだ?」。13年前に髄膜炎を患って…以来、因果と丈夫。「自分か。いつもそうなんだよ。ハイ!わかりました。母さん、ごめん。父さんのところに先に行くよ。受けて立ちましょう。おやりなさいよ!」。損な役回りの繫蔵が可哀想になる。
怒った旦那が店子は店立て、奉公人には暇を出すという一大事になると、“二日酔い”だった番頭が旦那説得に走る。「芸惜しみをするんですか?聞こえませんか、この民衆の声を。肩を組んで、ギ、ダ、ユー!ギ、ダ、ユー!我々に義太夫を聞かせろ!と叫んでいます」。これでコロッと、旦那は上機嫌になり、「みんな、好きだねぇー」。
長屋連中が座敷に集まって、旦那の義太夫の酷さを語るのも面白い。「あれは音ではあるが、声ではない」「酷いという言葉に失礼なくらいに酷い」。93歳の五十嵐のおばあちゃんは耳が遠いので、一番前に座らせたら、「これが、聞こえちゃった」。ある意味、医療行為という表現が可笑しい。
床本が風で捲れて、ページが前に戻り、ネバーエンディングギダユー。皆は身を守るために酒を飲んでご馳走を食べて寝てしまった。一人泣いている定吉を旦那が見つけ、「お前だけだ、義太夫の情が判るのは」と言って、ギュッと抱きしめ、「明日から番頭だ!」と言うのも愉しかった。