日本浪曲協会三月定席 東家三楽「杜子春」

木馬亭の日本浪曲協会三月定席四日目に行きました。

「浪花節じいさん」玉川き太・玉川みね子/「甚五郎 京都の巻」東家志のぶ・伊丹秀敏/「小平誕生ものがたり 九郎兵衛、村を拓くの巻」天中軒すみれ・沢村理緒/「祐天吉松 飛鳥山親子の対面の場」玉川福助・玉川みね子/中入り/「関の弥太っぺ」国本はる乃・沢村道世/「清水次郎長伝 興津河原の間違い」一龍斎貞寿/「時効の挨拶」玉川太福・玉川みね子/「杜子春」東家三楽・伊丹秀敏

志のぶさん。甚五郎、昔の師匠・藤兵衛への恩を忘れず、30両を渡して息子の藤吉とともに有馬温泉へ湯治に行く算段を調える人情がまず良い。そして、京都の寺社奉行から知恩院普請の依頼を受けるも、藤兵衛を裏切った元弟子の仁兵衛の妨害に遭うが、そこは日本一の大工、甚五郎は格が違う。大久保彦左衛門に手紙を出して、江戸から50人の助っ人大工が大挙してやって来て、仁兵衛をギャフンと言わせるところ、痛快なり。最後は病の癒えた藤兵衛も駆け付け、大団円。気持ち良い浪曲だった。

すみれさん。珍しい演題で、興味深かった。“逃げ水の里”と呼ばれ、荒れ野原だった北多摩の土地を切り拓いた小川九郎兵衛の苦心譚。玉川兄弟による玉川上水の「分水を」という願い、川越藩の松平伊豆守が野火止用水を引いて貰った2年後に、小川用水を引いた情熱。後の知恵伊豆いわく「やる気、尽力、金」の三拍子が必須と。武蔵野開発の糸口を作った功労者を讃える美談が素敵だ。

はる乃さん。侠客だが、弥太五郎の人情溢れる言動に惹かれる。50両を盗んだ和吉を取り押さえ、真人間になるように諭したが、和吉は桂川へ飛び込んでしまった。残された娘のお小夜を亡き母の実家である旅籠の沢井屋へ連れて行き、「年3両で向こう10年育ててほしい。それにこの娘の嫁入り資金に20両」と、弥太五郎は名前も名乗らずに50両をお小夜の祖母に渡して、去って行くカッコ良さ。

8年後、“命の恩人”と偽って沢井屋に乗り込み、お小夜の婿に強引になろうとした強欲で性悪な箱田の森介に対し、弥太五郎が割って入って、困っているお小夜を助け出す。8年前には名乗らなかったが、実はあのときに50両を渡してお小夜さんを預けた人物であることを明かす…。お小夜にとって「夢にまで見た人」だったが、弥太五郎は森介を連れてその場を去って行く。これまた、カッコ良いではないか。

貞寿先生。和田島太左衛門のところに、津向文吉の子分が喧嘩を売りに来た。四ツを合図に興津河原で果し合い、もしその場に来なかったら、殴り込みにやって来るという…。その話を聞いた清水次郎長は、何とかその喧嘩を収めようと、和田島の親分のところに事情を聞きに行くが、当の太左衛門も皆目見当がつかないという。文吉は次郎長とは秋葉の火祭りで兄弟盃を交わした仲、曲がったことが大嫌いな男であることを知っている。それじゃあ、文吉が「許しちゃおけない」という訳を訊きに行こうと、今度は次郎長は文吉のところに出向くが…。その「許しちゃおけない」訳とは???というところで、貞寿さん「私もここまでしか習っていないんです」。持ち時間が終わった。この続きが聴きたい!

三楽先生、芥川龍之介作品。舞台は唐の都、洛陽。杜子春は金持ちの息子だったが、散財が過ぎ、無一文になって困り果てていた。そこに謎の老人が現れ、「夕陽の影の頭の部分の地面を掘ると、黄金が出てくる」と告げる。果たして、黄金は出てきて、杜子春は贅沢な暮らしが出来るようになった。しかし、それも2年と続かない。

また無一文で途方に暮れていると、またあの老人が現れ、同じように黄金の在りかを教えてくれた。だが、同じように贅沢三昧をして、2年後には無一文に。すると、またまた老人が現れる。杜子春は「もう、お金はいりません」「贅沢に飽きたのか?」「いえ、人間に愛想が尽きたのです。人間というのは、嘘つきで薄情です」。ついては、あなたの弟子になって仙人になりたいという。

その老人は鉄冠子という仙人だった。「弟子にしてやるから、ついてこい」と言って、竹の杖に乗せ、空をわたって、峨眉山の頂上に着いた。「わしがいない間、お前をたぶらかす魔性が来るが、決して口を利いてはならぬ。利いたら、仙人にはなれない」と言って、去って行った。

杜子春のところへ、魔性が「お前は何者だ?峨眉山を何と心得る?人間が来るようなところではない。名を名乗れ」と言ってきたが、杜子春は言いつけ通りに黙っていた。すると、首を絞められ、突き殺されてしまった。そして、杜子春の身体から魂が抜け出し、地獄へ。

地獄でも、杜子春は閻魔大王に何者かを問われるが、決して口を利かないでいると、焦熱地獄、極寒地獄、油煮…と様々な苦しみを味わう。だが、杜子春は黙ったままだ。それでは、と馬になった杜子春の両親を連れ出し、酷い目に遭わせる。杜子春は目を瞑り、唇を噛んで堪える。胸に火の粉が渦を巻く。

すると、母の声で「杜子春や、どんなことがあっても、言いたくないことは黙っておいでなさい」と聞こえてきた。世間の人は金持ちにはお世辞を言い、貧乏人には口を利かない。ありがたい親心…と思い、杜子春は「おっかさん!」と声をあげてしまった。

夕闇迫る唐の国。鉄冠子が現れ、「お前は到底、仙人にはなれない」。「土台、仙人になろうというのが間違いでした」と杜子春。「どうやって生きていく?」という問いに、「人間らしく、嘘をつかず、生きていきたい」。杜子春がそう答えると、鉄冠子は「もう二度と会わない。さらばじゃ!」と言って、杜子春に一軒の家と畑を与えたという。そこには桃の花が咲き誇っていた。

人間が生きること、それは自分に正直に生きること。素敵な読み物だった。