二月文楽「仮名手本忠臣蔵 山崎街道~勘平腹切」、そして鈴々舎馬るこ「バルブ職人」

二月文楽公演第一部に行きました。「二人三番叟」と「仮名手本忠臣蔵」の二演目だ。

「仮名手本忠臣蔵」は五段目・六段目にあたる、山崎街道出合いの段、二つ玉の段、身売りの段、早野勘平腹切の段。悲劇である。勘平は拭い難い不面目から再起を期して奮闘するが、二重三重の不運が重なり、救われない気持ちになる。やるせない、という言葉が相応しいかもしれない。

舅の与市兵衛が娘のおかるを身売りして得た大金によって、勘平は千崎弥五郎の言う「主君の霊廟への石碑建立の御用金」を用意することができ、仇討への参加が認められ、武士の一分を立てることに微かな光明を見えるはずだったが…。与市兵衛は命乞いも虚しく斧定九郎に殺され、身売りの半金の50両を奪われてしまった。

そのことを知らない勘平は猪を狙ったはずの弾丸が定九郎に当たった偶然により、撃った相手と手に入れた50両の出所は判らないものの、前途に光明が差したと逸ってしまう。

だが、与市兵衛の家に行くと、おかるを引き取りに来た身売り先である祇園・一文字屋の亭主の情報により、勘平に不安がよぎった。与市兵衛は昨晩50両を受け取り帰宅したこと、その財布の特徴が昨晩死人から取ったものと同じであること。自分は舅の与市兵衛を撃ち殺してしまったのだ…。愕然となる。

やがて、狩人たちによって与市兵衛の遺体が運ばれてくる。与市兵衛女房は、勘平の懐にあった血の付いた財布を証拠に、「恩ある舅を撃ち殺した人でなし」と罵る。さらに、訪ねて来た千崎弥五郎と原郷右衛門がこのことを知り、勘平を責め立てる。もう、言い逃れができないところに勘平は追い込まれてしまった。ああ。

堪えかねた勘平は脇差で自らの腹を貫く。猪と誤って舅を撃ったという申し開きに、弥五郎が遺体を検めると、死因は鉄砲ではなく、刀による傷だと気が付く。勘平が撃ち殺したのは舅ではなく、舅を斬り殺した敵であることが判る…。何ということだ!

郷右衛門と弥五郎は勘平に武功を認め、仇討連判状に名を連ね、血判を押させたが、もう遅い。勘平の息は絶え絶えである。勘平の名誉は挽回したが、義母は昨日まで貧しくも家族4人で幸せに暮らしていたのに、一転してたった一人残されてしまった。なんと、やるせないことか。

「見送る涙、見返る涙、涙の波が立ち返る」。大悲劇の段切りだった。

夜は新宿末廣亭二月上席八日目夜の部に行きました。主任が鈴々舎馬るこ師匠で、ネタ出し興行だ。①浜野矩随②子別れ③社内de県民ショー④御神酒徳利⑤刀屋⑥浦島太郎⑦魔法世界のたらちね⑧お楽しみ⑨休演⑩水屋の富。きょうだけ「お楽しみ」となっていたが、新作落語「バルブ職人」だった。また、昼夜入れ替えなしなので、早めに入場したら、昼席主任の柳家小ゑん師匠の高座を聴くことができた。珍しい「恨みの碓井峠」だった。

「子ほめ」林家ぽん平/「マッチングアプリ」鈴々舎美馬/漫才 ニックス/「孝行糖」柳家三語楼/「あゆむ」林家彦いち/ものまね 江戸家猫八/「妻の旅行」柳家はん治/中入り/「小言念仏」柳家さん八/「鷺取り」春風亭一蔵/漫才 すず風にゃん子・金魚/「珍宝軒」林家きく麿/「目薬」橘家文蔵/ジャグリング ストレート松浦/「バルブ職人」鈴々舎馬るこ

馬るこ師匠の「バルブ職人」。コンプライアンスやハラスメントなど多くの問題を抱える現代において、特殊技能の次世代への“継承”に焦点を当て、それをユーモアに包んで爆笑噺に昇華させているというところが、馬るこ師匠のすごいところだ。

栗の木温泉の観光協会の職員募集に応募して、Iターンしたヤマチャンこと山本君が上司であるタカさんこと高橋さんから、足湯の湯加減をバルブ調節することによって、一定の温度に保つ技術を一週間かけてレクチャーされる。呪文「栗の木のいが栗に感謝します。猪の脂身が甘いのは栗の木の贈り物」を唱えることを不思議に思っていたが、一週間後に試されたとき、その大切さをヤマチャンは知ることになる。

タカさんは豹変し、「何を見ていたんだ!何も判っていない!全然駄目だ!」とヤマチャンを怒鳴りつけ、自分のことを師匠と呼ばせる。ヤマチャンは毎日の気温、湿度、客層をメモして、統計を取り、これで傾向と対策はバッチリだと考えたが…。タカさんは「だから、お前は駄目なんだ。考えるのではなく、感じるんだ」。

スナックのママ、みゆきおばあちゃんは元東京のストリッパー。どぶろくを作って客に飲ませている。酒税法違反では?というヤマチャンの問いに、「3年に1回、税務署が摘発にくる」のを逃れられれば大丈夫だという…。そのママさんから「湯の温度を一定にする」ための呪文を唱えるときの両手の形、村に伝わる伝説の「鶴の型」を伝授される。

寺の住職は害獣駆除という名目で猪狩りをするのが趣味。殺生してはいけないのでは?とヤマチャンは思うが、「田舎だから大丈夫なんだ」。その住職に「お前さんも山籠もりをする時期が来たな」と言われ、2か月の間、イノシシやシカやクマと一緒に山の生態系の中で暮らすことで、ヤマチャンは「悟り」を開いた。

こうやって地域の人々に鍛えられて、ヤマチャンはようやく足湯を一定の温度に保つバルブ調節ができようになり、タカさんから「真打昇進だ。これからは立派なバルブ職人だ」と認められるという…。

なんでもマニュアルとか、デジタルとかが闊歩する現代において、“継承”において一番大切なものとは何か。現代社会へのアイロニーになっている素敵な創作落語だと思った。