ドクター皆川~手術成功5秒前~、そして桃月庵白酒 神無月のヱレヂヰ

本多劇場で「ドクター皆川~手術成功5秒前~」を観ました。細川徹さんが作・演出を務め、皆川猿時さんと荒川良々さんが主演するシリーズも4作目。「あぶない刑事にヨロシク」「さらば!あぶない刑事にヨロシク」「3年B組皆川先生」と刑事モノ、学園モノと続いた後、今回は医療モノだ。

1993年にフジテレビで放送され、大ヒットとなった「振り返れば奴がいる」の織田裕二と石黒賢を薄―く意識して、途中にチャゲアスの♬YAH YAH YAHが入るなどの演出もありながら、池津祥子さんが木の実ナナとなって、♬居酒屋を唄う場面をお芝居の冒頭と末尾に持ってくるなど、相変わらずオチャラケ感満載の愉しい公演だった。

ただ、プログラムに掲載された細川徹さんのインタビューによると、苦労もあったという。

難しかったですね。医療ものの醍醐味って手術シーンですけど、映像なら寄りで見せられるけど、舞台だと見えないじゃん!っていうのが、まず大問題としてあって。あと、医療ものって命に関わるから、基本的にマジメじゃないですか。だからギャップが作りやすい、笑いが起きやすいと思ってたんですけど、皆川さんの命なら笑えるけど。手術されているのは患者さんで。人の命でふざけるのはよくないじゃないですか。そうすると、どこを起点に笑いを作っていけばいいのか迷っちゃったんですよね。そこの糸口を探すのに時間がかかってしまって。以上、抜粋。

だが、行き着く結論は「いつもと同じでいいじゃん!」ということだったという。皆川さんと荒川さんがドタバタして、ビンタしたり、人工呼吸したり、そうすることが笑いに繋がるのだ、違う笑わせ方をしてみようかというのは無駄な抵抗だと判ったそうだ。そして、改めて皆川さんと荒川さんの芝居の上手さを認識したという。

今回、いつもよりお芝居が少しだけ細かいというか、ちょっとリアルに寄ったお芝居をやってもらっていて。2人に限らず、全員お芝居が上手だなっていうのはすごく感じています。(中略)どういう背景で、そのセリフを言っているのか、そこを芝居で作り込まないと、スッと笑えなくなるというか。なるべく笑わせる作意を感じさせない場所から、条件反射みたいに自然に笑わせるっていうのが目標なんです。面白いものを作らなきゃっていうプレッシャーはもちろんあるけど、お芝居の中では、みんながバカバカしいことを一生懸命楽しそうにやっていて、それが素晴らしいなって。以上、抜粋。

お芝居を観終わってから、この細川さんのインタビューを読んだのだが、激しく同意した。「どうでもいいと思う。この芝居!」なんだけど、観たらちょっと救われる、気分転換ができる、スカッとする。約2時間、完全に色々なことを忘れて、“どうでもいい時間”を過ごせた素晴らしさに感謝したい。

夜は渋谷に移動して、「桃月庵白酒 神無月のヱレヂヰ」に行きました。「寄席よりの使者」と「死神」の二席。ゲストはムード歌謡漫談のタブレット純先生、持ち時間たっぷり35分(浅草東洋館のおよそ2倍!)で堪能した。

「寄席よりの使者」は今は亡き川柳川柳師匠をモデルにした白酒師匠の自作の新作落語だ。ウクライナの戦争を解決するために、各国首脳は日本に救援を求めた。「お金を沢山」持っている日本だったら、誰もが「笑える」世の中になるように、「戦争」を解決してくれるように「話して」くれるのではないかという思いをこめてのオファーだった。

だが、それが短く途切れて「お金を沢山」あげるから「笑える」「戦争」の「噺」をしてくれというオファーに変換されてしまい、なぜか和平会議に川柳師匠が派遣され、「ガーコン」を披露して、軍歌を歌いまくった。すると、そのメッセージをプーチンは平和の素晴らしさ、戦争の愚かさを伝えるものとして捉え、ウクライナとの戦争が停戦するという…。伝説の酔っ払い芸人、川柳川柳師匠へのオマージュが感じられる高座だった。

「死神」は白酒師匠らしい軽妙な感じが堪らない。死神はぶくぶく太っていて、「一生懸命生きなきゃ!」というポジティブなキャラクター。男との間の三ツの約束、①呪文は誰にも教えない②枕元にいる患者には手を出さない…そして③は?と問われ、「エ!?…早寝早起き」と答えるいい加減なところも大好きだ。

死神が消える呪文は、アジャラカモクレン藤井聡太、歯並びは矯正した方がいい。この呪文で男はジャンジャカ儲けるが、皆飲んで使ってしまうのも江戸っ子らしくて良い。女房や子供は出てこず、芸者を囲うようなこともない。ただ飲んでスッカラカンになってしまう。それで、禁断の“枕元の死神”に手を出してしまう…。

冒頭に出てきた死神が再び現れ、「バカ!」。友達のような関係性なのが愉しい。人間の寿命、すなわち夥しい蝋燭が立ち並んだ場所に連れて来られても、「え?キャンドル純?」。自分の寿命、蝋燭があと僅かになってしまったことを知らされると、死神に「お前が俺に呪文を教えたことを閻魔様に言いつけてやる!」と脅し、燃えさしを貰うが…。白酒師匠らしいサゲで、ジ・エンド。「落語心中」以降だろうか、おどろおどろしく演じる「死神」を喜ぶ風潮があるが、白酒師匠の軽妙な演出がとても好きだ。