伯山 PLUS「無筆の出世」
「伯山 PLUS~神田伯山定例講談会」に行きました。「河内山宗俊 松江侯玄関先」と「無筆の出世」の二席。ゲストは神田鯉花さんで「番町皿屋敷」を読んだ。
「無筆の出世」。治助の純朴に惹かれる。勘定奉行に出世した松山伊予守治助が、かつての主人である佐々与左衛門と50年ぶりに再会する最後のシーンが素晴らしい。仇を恩で返す。罪を憎んで人を憎まず。治助を試し斬りにしろという内容の手紙を出した与左衛門をさぞ憎んでいるだろうと思いきや、さにあらず。自分が文字の読み書きができなかったこと恥じ、それをバネに勉学に勤しんだからこそ、今日があるのだという感謝の気持ちを抱いていることが凄い。とても真似ができない。
純朴ゆえに治助は運に恵まれたというのもある。まず、船の上にいた老僧・日延上人との出会いだ。与左衛門が向井将監に宛てた「この治助を試し斬りしてくれ」という内容の手紙の入った文箱を治助が川に落としてしまった。濡れた手紙を乾かしていたら、その中身を日延が読んであげて、命を救った。命の恩人である。
治助を引き取った日延と懇意にしていた夏目佐内が治助のことを気に入った。これも純朴な人柄が好かれたのだろう。「自分が無筆なばっかりに命を落としそうになった」ことから、治助は独学で文字を学ぼうとしていた。その姿に感じ入った佐内は、この純朴な男に読み書き算盤を教え、さらに学問を習得させた。そして金を貯え、治助は中間から御家人になることができた。その意味で佐内もまた恩人といっていいだろう。
改めて思うのは、酒というのは恐い。佐々与左衛門が向井将監の宴席で、井上真改和泉守という名刀を目利きしたときに、酔った勢いで中間の治助を試し斬りにすると言い出し、約束までしてしまったのだから。翌日、昨晩のことはさっぱり覚えていない与左衛門だが、体面上、その約束を反故にすることはできなかった。これが間違いのはじまりだったわけだ。
与左衛門も悪い人ではない。治助はすっかり斬られて亡き者にされたと思い、酒の上とは言え、自分の短慮にただただ恥じ入り、後悔した。だから、そのとき以来、酒は一滴も口にしなかったという。その上での、勘定奉行に出世した治助との再会。相手がかつての中間、治助だと判ったときには切腹しようとしたくらいだ。だが、それを治助は止め、恨みどころか感謝の言葉を口にする素晴らしさよ。
中入り前に「河内山宗俊」で悪党の美学を読んだ伯山先生は、二席目には一転して純朴な人間の素晴らしさで魅了する高座。講談の幅広い魅力を堪能することができた一夜だった。