【アナザーストーリーズ】立花隆vs.田中角栄(4)

NHK―BSプレミアムの録画で「アナザーストーリーズ 立花隆vs.田中角栄」を観ました。

きのうのつづき

田中角栄は会った人の名前を瞬時に覚える天才だった。ところがたまに忘れると、「キミの名前はなんだっけ?」「●●です」「苗字は知っているよ。下の名前だ」。ごまかしながらも、人の心を掴んでしまう。でも、その愛嬌の裏に潜む別の顔もあった。「田中角栄研究」にも、手をこまねいていたわけではない。

当時、首相秘書官を務めていた小長啓一が間近に見たのは政権内部の意外な反応だった。

所信表明演説で岸田総理は分配という単語を12回も使った。50年も昔、高度経済成長の最中、いち早く分配を打ち出したのが田中角栄だった。都会はすでに多くの矛盾を抱えていた。「日本列島改造論」。雪深い新潟出身の角栄にとって、地方の発展は最大の悲願だった。総理になる直前、改造論執筆にあたる官僚を集め、熱弁をふるった。その中に通産官僚で後に首相秘書官になる小長啓一がいた。

(田中角栄が)素晴らしいのは、手元に資料があるのではなくて、まさに4日間独演会ですよ。今まで東京へという人、モノ、カネ、情報の流れを思い切って地方への流れに切り替えていこうというのがコンセプト。別の言葉で言えば、適正な分配ということにつながる。

田中角栄は駆け出しの無名議員の頃から公共事業の財源確保のため、33本もの議員立法を成立させていた。ガソリン税など、その多くが道路や国土開発の財源となっていく。官僚は角栄を道路の恩人と呼んだ。改造論執筆の際、各省庁に協力を求めた小長は驚いた。

各省庁の官房長に電話したら、驚くべき返事で。角さんがそんなことやるのか、全面協力だと。大臣にではなく角さんがということに私は飛び上がって感銘を受けたわけです。

全国の道路、鉄道のインフラ計画は飛躍的に拡大。列島改造は推し進められていった。しかし一方、列島改造論で開発対象とされた地域は当然、地価が高騰した。結果、全国へ物価上昇が波及し、インフレと狂乱物価の時代に突入した。

さらに追い打ちをかけたのが、オイルショックだ。改造論は見直しを迫られた。支持率は一気に下落した。政権は2年目にして風前の灯火。角栄はなりふり構わず参院選を展開し、空前の金権選挙と呼ばれた。同じ1本でも、福田は100万、田中は1億と囁かれた。そんなばら撒き選挙を強行する田中政権に非難が集中。結果は惨敗だった。

砂防会館。田中政治の裏舞台として知られている。それは三階に角栄の後援会、越山会があったからだ。年間20億円もの献金が出入りする、その金庫番は角栄と特別な関係にある女性だった。

彼女の素性を調べ上げたのが、新進気鋭のライター、児玉隆也による「淋しき越山会の女王」。立花の記事と同時掲載されたルポだ。女性の名は佐藤昭。角栄と同じ新潟県柏崎に生まれ、水商売を経て、角栄と出会い、ついには田中事務所の金庫番として権力のベールを身に纏う。その歩みが小説のような文体で綴られる。

彼が総理の孤独を打ち明けるただ一人の使用人があるとすれば、それは佐藤昭なのだろう…。(「淋しき越山会の女王」より)

編集長の田中健五はこう腹を括っていたという。越山会の女王のルポは彼女の過去や経歴を洗ううちに自ずと政府筋に漏れてしまう。しかし、あえて「文藝春秋」は総理の女性ネタを狙っていると思わせることで、金脈研究をカモフラージュできる。

つづく