【プロフェッショナル 数学教師・井本陽久】答えは、子どもの中に(5)
NHK総合の録画で「プロフェッショナル 仕事の流儀 数学教師・井本陽久」を観ました。(2020年1月7日放送)
きのうのつづき
井本はいかに世間の評価か価値観が生徒を追い込むかを痛感した。
しかし、教師になって10年が経ったとき、痛恨の出来事が起きた。井本が担任を勤めるクラスでのこと。ある生徒が繰り返しトラブルを起こし、大きな問題となった。井本は強く責任を感じ、奮い立った。
俺はこいつを理解するって、兎に角可愛い子だったので、本当にやんちゃでね。担任をどうしようという時に、僕は立候補したんですよ。後にも先にもないんだけど、立候補して、僕が担任をやるって。
何とか立ち直らせ、無事に卒業させたい。そう思うあまり、勉強しろ、そこを正せ、とこれまで避けてきた言葉が口をついて出るようになっていた。次第に生徒の目が冷めていくのがわかった。でも、言うのをやめられなかった。一年後、生とは学校を去って行った。
ボロ泣きしましたね。申し訳なくて。俺は何をやっていたんだろうと思って。こいつのこと、本当に可愛いと思っていたのに。自分が担任を持つって言った瞬間から、絶対こいつはつらかったのかなと思って。教師としての責任感みたいなものが、入っちゃうと駄目なんですよ。見えなくなるんですね。
あれほど憎んでいた子どもたちを縛る評価や価値観。それに囚われ、押し付けてしまっていた自分。井本は大好きだった学校に通うことができなくなっていた。
朝起きて、熱計ると、熱があるんですよ。学校に電話して、きょうはすみません、休みますって言って、電話を切って、しばらくすると、熱が下がるんですよ。不登校って、これだと思って。
暗闇の中、井本を救ったのは子どもたちの姿だった。可哀想な子、そんな世間の先入観など関係なく児童養護施設の子どもたちは目いっぱい生きていた。できない子。そうレッテルを貼られた生徒が、チャイムが鳴った後も、ひたすら考え続けていた。その輝きに優劣などつけることはできない。頭では理解していたが、少しずつ腑に落ちていった。
自分の持っている価値観って言うんですかね。そういうどうしようもない価値観っていうのを捨てていったみたいな。こうじゃなきゃいけないみたいなものは、どんどん子どもを通して捨てさせてもらったので、本当に子どもたちを通してですよね。
いつしか、心から思えるようになった。そのままでいい。そのままがいい。そのままで駄目なはずがない。
つづく