田辺凌天「谷文晁 名画の虎」絵描きとして大切なもの。名人でも慢心してはいけない。

上野広小路亭で「講談協会 二月定席」を観ました。(2022・02・23)

田辺凌天さんの「谷文晁 名画の虎」がとても良かった。

絵描きとして大切なものは何かを、松平出羽守が態度で文晁に教える様は現代社会に暮らす我々にも通じるものがあると思った。名人として評判は取っていても、慢心してはいけない。ましてや、謝礼の額によって筆に差が生じてはいけない。

出羽守に虎の絵を注文された文晁は屋敷を訪ねるが、座敷を通されても、茶の一杯も出ない、煙草盆も出ない、ただ待たせるばかり。文晁は「失礼千万」と怒り、「腹痛」と言って帰ってしまった。

文晁はその後、家を移り住むたびに、すぐに家主から店立てを食らってしまう。それを繰り返した。なぜだ?ある家主から、出羽守からの指図で「文晁に家を貸すな」と言われているという。例の腹痛仮病の一軒で出羽守は機嫌を損ねているのだということがわかった。

文晁は改めて出羽守の屋敷を訪ねた。すると、案内されたのは莚が敷かれた庭。ここで絵を描けというのか!文晁は怒り心頭に達する。やけくそで虎を描いた。

描きあがると、立派な屋敷の中に通され、豪華な酒肴でもてなされた。そこに現れた出羽守がこれまでに非礼を詫び、文晁に言う。「天下の名人なれど、手際が良すぎる。どこか気迫が足りない。だから、わざと苦しむようなこと、怒るようなことを仕掛けた」と。

確かに、描きあがった虎の絵は荒々しく、良い出来である。文晁は絵描きとして大切なことを教わったと出羽守に感謝し、ますます精進したという。慢心することなかれ。とても良い読み物だった。