【文楽12月公演】「仮名手本忠臣蔵」加古川本蔵の家老としての判断力

国立劇場小劇場で「12月文楽公演」を観ました。(2021・12・13)

「仮名手本忠臣蔵」である。その二、三、四段目からの抜粋と八段目「道行旅路の嫁入」の上演だ。

四段目の「塩谷判官切腹の段」の前までは、加古川本蔵の家老としての判断力の的確さに注目した。

鶴ケ岡八幡宮で高師直から侮辱された桃井若狭助に対して、老獪な応対をして血気にはやる若い主君を諫めるところに、本蔵の家老としての優秀な能力が発揮される。

桃井館本蔵松切の段。若狭助が明日、師直を斬り捨てる計画だと打ち明ける。それにより家が断絶することになっても、師直から受けた恥辱にはかえられないという。無念の涙を流して語る主君に対して、本来だったら家老として御家断絶の危機に直面することは避けたい。止めなければいけない。

しかし、本蔵は止めない。そればかりか、無念の思いを晴らせよとばかりに、庭の松の枝を切り落とす。若狭助は喜び勇み、本蔵に今生の別れを告げて、奥の間へ。

これだけ思い詰め、興奮している主君の若狭助を、どんなに言葉で説得しても、聞く耳は持たないであろうと本蔵は判断したのであろう。そして、別の手を考えるところが知恵者である。若狭助の敵である師直を懐柔してしまえばいい。この発想を名家老と言わずして何と言おうか。

本蔵はすぐに馬を用意させ、妻の戸無瀬や娘の小浪の制止を振り切って、館から駆け出す。

この後が、下馬先進物の段。そう、進物!師直は金に弱いということを本蔵は知っていたのだろうか。師直が家来の鷺坂伴内を連れて登城するところ、本蔵がやってきて面会を求める。

師直は当然、一昨日の鶴ケ岡の一件があるから、その恨みを晴らしにきたのであろうと警戒する。ところが!である。本蔵は丁寧に挨拶し、絹織物や黄金など多額の賄賂を渡すのである。

このときの、師直と伴内の気分を良くした様子は人形でありながら、その意外さがよく表現されていた。若狭助を褒めそやし、本蔵に愛想を言い始める。態度一変である。これがきっかけになり、矛先が判官に向かう。それが殿中刃傷につながるのだから、運命というのはわからないものである。

若狭助は師直を討ち果たそうと鼻息荒かったのに、予想に反した態度に拍子抜けしてしまう。師直が刀を投げ出し、平伏して鶴ケ岡での無礼を詫びるのだから。当然、本蔵が渡した賄賂のためとは知らず、当惑しながら仕方なくその場を立ち去る。

その様子を密かに見守っていた本蔵は、御家の断絶を免れたことに安堵する。名家老、ここにありである。

桃井館本蔵松切の段 竹本小住太夫/鶴澤清𠀋

下馬先進物の段 竹本南都太夫/竹澤團吾

殿中刃傷の段 豊竹靖太夫/野澤錦糸

桃井若狭助:吉田玉佳 加古川本蔵:吉田勘市 妻戸無瀬:豊松清十郎 娘小浪:吉田蓑紫郎 高師直:吉田玉助 鷺坂伴内:桐竹紋秀 塩谷判官:吉田蓑二郎 早野勘平:吉田玉路 茶道珍才:吉田蓑悠