【プロフェッショナル アニメーション映画監督・細田守】(1)希望を灯す、魂の映画
NHK総合の録画で「プロフェッショナル 仕事の流儀 アニメーション映画監督・細田守」を観ました。(2015年8月3日放送)
「時をかける少女」「サマーウォーズ」「おおかみこどもの雨と雪」など、数々のヒット作を手がけ、国内外で高い評価を受けているアニメーション映画監督の細田守さん。作品の多くはテーマに「人生の肯定」を掲げ、希望に満ちた物語である。だが、ご自身は順風満帆な道を歩んできたわけではない。諦めずに挑戦を続け絶望の底から這い上がってきた。2015年夏に公開された「バケモノの子」の制作現場に密着したドキュメンタリーは、映画作りに命を捧げる男・細田守さんのみならず、取材ディレクターへの賞賛すべき番組になっている。ここに記録したい。(以下、敬称略)
細田守は一貫して人生の豊かさを繊細な表現力で描いていくアニメーションが信条だ。宮崎駿が引退して、アニメーションの未来を担う男と嘱望されている。そんな細田が3年ぶりに新作に挑む。「バケモノの子」というタイトルの映画は2015年夏公開予定で、そこまでの300日間を記録したのが、この番組だ。
2014年6月。取材がはじまったとき、細田は絵コンテを描いていた。登場人物の動き、背景、台詞を決める監督の最も重要な仕事である。
心に闇を抱えた孤独な少年・九太が主人公。熊のバケモノである熊徹とぶつかり合いながら成長していく物語だ。
細田は燦燦と光り輝く道を歩んできたわけではない。脚光を浴びたのは、38歳のとき。「時をかける少女」(2006)で23の映画賞を受賞した。ドジな少女が失敗を繰り返しながらも成長していく物語だ。「サマーウォーズ」(2009)
は、内気な高校生が臆病な自分を克服し、世界の危機を救う。「おおかみこどもの雨と雪」(2012)は、夫に先立たれた悲しみを乗り越え、子育てに励む母の物語。42億円のヒットだった。細田が映画にこめてきた思いがある。
人生は、捨てたもんじゃない。
細田が語る。
映画ってさ、思うんだけどさ、イエーって感じで人生謳歌してる人のものじゃないと思うんだよね。何というか、むしろ、くすぶっている人のためのものだと思うんだよね。自分も含めてさ。「世の中、もっと面白いよ」とかさ、これから生きていると「なんかいいことあるかもよ」とかさ、「体験するに値するようなことがあるよ」ってことを言いたいっていう。
人生を肯定するような映画。それは生半可な覚悟では生まれない。
細田は一旦描き始めると、食事も摂らずずっと描き続ける。その姿はあたかも修行僧のようだ。口にするのはコーヒーとのど飴。
午前2時。はじめて細田の手が止まった。九太がヒロインと初めて会話を交わす場面。心に闇を抱える九太が希望を見つけるきっかけをつかむ重要なシーンだ。
シナリオでは小さな公園で二人が出会う設定にしていたが、描いてみると、なぜかしっくりこない。背景は登場人物の心情を表わす大切な役割を果たす。開放的な公園は、孤独な九太にはそぐわないのか。神社がいいかな…。ピンとこない。なんでもないところでつまずく。作るのではない、作らされる。そう、細田は考える。
細田が語る。
自分がこうしたいとか、こう作りたいとかっていうことで、映画が御せるなんて大間違いで、その作品に引きづり回されるというか、「作品のためにお前死ね」みたいなぐらいの勢いで迫ってくるわけだよね。作品というのは。もがいても、もがいても、見っけるしかないんですよ、本当。天才、こんな苦労しないよ、たぶん。
「駐車場…」。1時間後に思いついたのは、二人が出会うには一見相応しくない駐車場。「情緒ぶち壊し要素がかえっていいのかな」。細田の手が動き出した。
細田が言う。
お互いのことを、まず最初に知る場所だとはとても思えないようなところが、かえって。こういうところから何かが始まるんだよなっていう気がするっていう。
細田は5時間かけて、1つのシーンを描き上げた。食わず寝ずの日々は、これからも半年間続く。
つづく