三遊亭萬橘「妾馬」身分の違いなんかに頓着しない八五郎の人間味が素敵だ!
日本橋公会堂で「四季の萬会スペシャル 三遊亭萬橘独演会」を観ました。(2021・09・04)
萬橘師匠の鋭い視点が光る「妾馬」に膝を打ち、腑に落ちた。八五郎の「身分の違いなんて糞食らえだ」という姿勢が徹底的に一貫していることである。他の演者でもそういう視点を味付けと少々盛り込むのは聴いたことがあるが、萬橘師匠の場合は「徹底している」という点において素晴らしいと思った。
まず、赤井御門守なる殿様が大名行列した際に、八五郎の妹のおつるを見初めたら、簡単に屋敷奉公に召し抱えるということに憤る。いや、憤るは大袈裟かな。ちょっと違うんじゃないの、くらいか。母親は了解し、おつるも「行きたい」と言っているので、八五郎のOKさえ出れば、万事うまくいく。
だが、「向こうが勝手に気に入ったからってそうはいかない」、「おつるはその殿様のことを見たのか」。理屈である。でも、お下げ渡し金が100両は貰える、(実際は200両だったが)と判った瞬間、「やっちゃおう!」と言ってケロッとしている八五郎も洒落のわかる男だ。「あと2、3人くらいおつるがいればなあ」って!(笑)
その次は程なくして、おつるが男児ご懐妊あそばして、お鶴の方様になったと報せが届いたとき。このときの八五郎の言い様も気持ちがいい。「侍、嫌いなんだよ。いつ来るんだい?俺が行くの?会いたい奴が来るのが、当たり前だろう。何で俺が行かなきゃいけないの」。これまた、身分の違いと言えばそれまでなのだが、そこは分かっていての洒落なんだろう。
「リャンコになれるの?」「また、金が入るの?・・・50両?今度は少ないなあ」。お下げ渡し金の200両は友達と遊んで全部使っちゃったというのだから、八五郎は豪傑である。乞食みたいな恰好でお屋敷には行けないと、大家さんが紋付袴を用意してやり、髪結床にも行かせて、湯銭まで渡す世話の焼きよう。長屋全体で、おつるの男子出生を喜んでいる様子が伝わってくる。
お屋敷を訪問し、赤井御門守に対面しても、八五郎はけして臆することはない。対等に物申す。これが気持ちいい。「来てよかったよ。これでおつるがどんな所に住んでいるか、わかった」「いい酒だね。こんな美味い酒飲んで、広いお屋敷に住んでいるなんて幸せだね。俺に惚れる姫を紹介してくれないかなあ。あ、友達少ないのか」。
おつると会ってもペースは変わらない。「本当にこんなところに来たかったのか?嫌なことがあったら言ってみろ。帰りたいなら、俺が連れて帰ってもいい。殿様、可愛がってやってくださいよ」。
母親の話になると、ちょっとだけ湿っぽくなる。「おつるのお陰で暮らしが楽になった、と言っているけど・・・こないだ、漬物石を樽の上に置いた瞬間、動かなくなっちゃってね。肩震わせるんだ。四歳になる横丁のちーちゃんが『おつる姉ちゃんと遊びたい』と泣いているってさ。『遠くへ行っちゃったんだよ』と答えたそうだ。身分が違うから仕方ないとよ」。
そして、八五郎が悪気なく殿様に言う。本当に悪気ないんだと思う。「今度、殿様が来てくれよ。蕎麦の一枚、酒の一杯くらいご馳走するよ。一緒に三ちゃんも来ればいいさ」。三ちゃんというのは、老中の田中三太夫のことだ。そして、本気で言うのだ。「遊びに行こうよ、吉原でも品川でも。案内するぜ」。
いやあ、八五郎というのは気持ちのいい奴だ。こういう男が現代にいたら、けして出世はしないだろうけど、会社の同僚として一緒に愉しく仕事をしたいし、飲みに行きたい。八五郎の心根の良さがとてもよく伝わる「妾馬」だった。