【三遊亭兼好 大江戸笑百科~遊郭の巻~】吉原は夢を売る場所、落語はその裏側ではなく表を描くからいい

江戸東京博物館小ホールで「三遊亭兼好 大江戸笑百科~遊郭の巻~」を開きました。(2021・09・08)

落語を聴いていて、江戸時代の庶民はこんな暮らしをしていたのかなあ、と想像をめぐらせるのも楽しいものだ。と同時に、もうちょっとだけ江戸の庶民文化について詳しくなれば、落語はもっと楽しめるのかもと思うことがある。この「もうちょっとだけ」というのが大切で、私たちは時代考証家になるわけではないし、むしろ詳しくなり過ぎると落語が楽しくなくなってしまうかもしれない。

そんなわけで、落語など演芸が大好きな時代小説家の飯島一次さんを対談ゲストにお迎えして、兼好師匠をホストに今回は「遊郭」、特に吉原を中心にトークしていただいた。やはり、落語の中に描かれている吉原と実際にあった吉原ではだいぶ違うようで、悲惨な部分は削除して、なるべく夢を売る商売という観点から落語は作られているのが良く分かった。飯島先生いわく「現代のディズニーランドだと思ってください」。

初期の吉原は日本橋葺屋町(現在の人形町)にあったが、明暦の大火で浅草の北に移り、新吉原となった。兼好師匠が「五人廻し」の一人目の男が吉原の故事来歴の啖呵を切るところで出てきますよね、と言っていたがまさにそう。移転するまでは武家階級の遊び場だったそうだが、新吉原になってからは町人も大いに利用するようになったとか。

昼遊びと夜遊びいうのがあって、武士は外泊が許されないので、もっぱら昼遊びだったそうな。いざというときに、駆けつけなければいけないからというのが理由だ。暇になった職人が昼に吉原に行って素見(ひやかし)をしたそうだ。となると、吉原は24時間営業、眠らない街だったのかもしれない。

何百軒も店はあったそうだが、大店、中店、小店、さらに切り店まであった。格式が違って、値段もかなり違う。大店は一回で10両(現在の100万円くらい)はかかるが、切り店は100文で遊べた。現在の2000円くらいというから、本当に月とすっぽんですね。「お直し」に出てくる羅生門河岸などが切り店に当たり、お線香何本という数え方で料金が決まった。

大店でお大尽が大枚をはたいて遊ぶとき、超一流の花魁を妓楼から自分のいる引手茶屋まで迎えにこさせた。これが花魁道中で、100両くらいはかかったそうな。それを素見(ひやかし)の連中が喜んで見て楽しんだという、一種イベント的な要素があったんでしょう、と。

そうそう、引手茶屋を介して「〇〇屋の△△」と指名しなければ、大店では遊べない。中店も原則、その方式だが、馴染みになると直接入店しても遊べた。小店は一見さんでも直接入店し、指名できたという。

吉原でも一、二を争うトップスターは錦絵にもなって、大勢の男の憧れになった。現代でいう、アイドル、スターというところでしょうか、と飯島さん。そのスターを身請けするとなると、何百両と金額がかかった。実際、身請けされたり、借金返済が完了して吉原を出られる花魁はそれほど多くなかったそう。でも、花魁として働けるのは20代まで。30歳を超えると、遣り手ばばあに職を変えるとか、切り店など安い料金で遊べる店に移るなどしなければならなかった、と。

花魁の「足抜け」はご法度。だから、吉原の出入りに関して、女性はかなり厳しくチェックされた。吉原の中には商店が沢山あり、そこで働く女性や外の置屋からくる芸者や女髪結などは鑑札を持っていて、それを持っていないと簡単には出入りできなかったという。

こうやって詳しく見ていくと、表の吉原と裏の吉原の両方がわかって興味深いが、落語ではあくまで明るい部分を描くことが肝要ですね、と兼好師匠がおっしゃっていたのが印象深かった。

柳亭楽ぼう「一目上がり」

三遊亭兼好「磯の鮑」

初めて吉原に行く与太郎が「いかに騙されないで遊ぶか」をあちこち聞いて回るのが可笑しい。源兵衛が、梅村の旦那は「女郎買いの師匠」だから教わってきなとからかうと、梅村の旦那も洒落のわかる人で即妙に与太郎に「吉原でもてる方法」を伝授するのがいかにも落語らしくて好きだ。

要は「遊び慣れている」風を装うことなのだが、付け焼刃の与太郎がそんなに上手く演じることができるわけもなく…。愉快な一席だった。

対談 三遊亭兼好×飯島一次(時代小説家)

三遊亭兼好「紺屋高尾」

対談で大店で遊ぶのに10両かかると飯島さんが言っていたが、ましてやトップクラスの太夫だったら、もっとかかっただろう。三浦屋の高尾太夫に恋い焦がれてしまった久蔵が、その思い人のために3年かけて一所懸命に働く姿に心打たれる。

高尾太夫に「本当は紺屋の職人なんです」と言って、真っ青に染まった自分の両手を差し出し、告白するところはグッとくる。高尾はその正直に惚れるのも納得がいく。その後の久蔵のセリフがいい。「また3年待ってくれますか。そうすれば10両貯まります。それまでに、花魁は誰かに身請けされてしまうかもしれないけど、嘘でもいいから、3年経ったらまた会いましょうと言ってくれませんか」。純愛に痺れた高座だった。