柳家喬太郎「錦の舞衣」③お須賀口説き
三鷹市芸術文化センター星のホールで「柳家喬太郎みたか勉強会」を観ました。(2021・08・14)
柳家喬太郎「錦の舞衣~お須賀口説き」
毬信のことが心配な須賀は、心が重くなり、踊りの手も狂う。芸に身が入らない。毬信は男気を出して、かくまっただけ。責め立てられるが、話すことはない。
与力の金谷東太郎。須賀をものにしようという魂胆だ。根岸の座敷で、須賀の舞いを金谷が見ている。「名人だな。右に出る者はいないな」「心持ちが悪く、いつもより良くなかったです」「しかし、お前は名人だ。良いではないか、芸人が。酌ぐらいしろ。器量も良く、気高く、芸も良い。12、3年、ずっと岡惚れしている。このような名人が、あのような貧乏絵描きと一緒になったのは、坂東須賀が可哀想だ」。須賀が抵抗する。「主人の悪口を言うことはないじゃないですか」「貧乏だから、貧乏だと言っているんだ。あんな者と一緒にならずに、わしと一緒になれ」。そして、毬信について言う。「あの寺に芸者を連れ込んで、遊んでいるようだぞ。別件で調べた。深川の芸者の小菊の風呂敷、そして署名してある扇子が出てきた。芸者に描いてやった扇子が、なぜ寺から出てくる?女房の目の届かないところで芸者と遊んでいるのだ。どうだ?仕返しにここに泊まっていくか?」。
中村屋という船宿。同心が須賀に言う。「魚心あれば、水心。どうだ?旦那のものになっちまえば?一度でいいんだ。旦那の胸先三寸なんだよ。亭主を獄死させたくないだろう?」「私は得心できない。亭主は大塩の企てに加わっていたわけではない。恩返しのために、かくまっただけ。そんなことで、何で?私はそこのところが、得心がいかないんだよ」「宮脇の家からの手紙に余り良くないことが書いてあるそうだ。北川町の旦那で、奉行所は動かない。何も、旦那の女房になれというわけじゃない。たった一度、寝ればいいだけのこと。12、3年岡惚れしている男の気持ちを、一晩遂げさせてやれば、亭主の命が助かるんだよ」「私は操を守ります」「お前も芸人じゃないか。いいんじゃないかな?亭主を助けるために交わす枕。命には代えられないよ」「私は枕で仕事をするんじゃない。寝て腕を上げる芸人じゃない」「俺なら、寝るね。もうすぐ、金谷の旦那が来る。酒の相手をしてやってくれ」。
須賀は金谷に差し向かえで酌をする。「按配が悪そうじゃないか。踊りを悪く言う人もいる。いくら名人でも、具合の悪いことはあるよな。何か心配ごとでもあるのか?」「意地の悪いことをおっしゃる。心配ごとがないわけがないじゃないですか」「おっかさんの具合でも?」。あくまでもしらばっくれる金谷に、痺れを切らして須賀が言う。「嫌なんですよ!毬信の身を案じているに違いないじゃないですか!」。「お役目だ。勘弁しろ。俺だって、助けてやりたい。でも、こればっかりは、どうしようもないんだ。お上に謀反を企てた奴の残党をかくまった。こればっかりは・・・」「旦那!何とか、なりませんか?昔、お世話になった方の息子さんをかくまっただけです」「口を利くぐらいのことは・・・でも、どうなるかはわからない。ただ、口を利くって言ったって。こんな素面じゃぁ、話せない。俺だけ酔っちゃ、つまらない。たんとはいけない口かもしれないが、ちょっとは盃を受けてくれないか?」「お貰い申します」。須賀は苦い酒をチビリチビリと飲む。
金谷が誘う。「だいぶ、酔うてきた。帰りは難儀であろう。幸い、ここは船宿。おっかさんの具合が悪くなければ、ここで休んでいった方が、明日の踊りにキレが出るというものよ」。須賀は隣の部屋へ。同心が言う。「ここまで露骨に言われちゃ、断ったら、旦那の顔に泥を塗るようなものだ。亭主を名人にしたいんだろ?命がなきゃぁ、どうにもならない」「助けてくれないか」「旦那と寝りゃぁ、助かるぜ」「坂東須賀は亭主持ちでございます。間男をしろ、とおっしゃるのですか。あの男の遊びに付き合って、それで亭主を助けて・・・」。同心がそそのかす。「旦那が差している短刀は正宗の本物だ。刀は侍の誠、真心。いまひとつ踏み込むことができないなら、聞いてみろ。侍の真心を預けるなら、遊びでないことくらいわかるだろう」。
須賀が座敷に戻り、「気分が良くなりました。お相手させて頂きます」。「お腰のものが窮屈でしょう。大層、良いもののようですね」「先祖伝来の正宗。家宝だ。普段は帯刀せぬ。心を通わせたい人と会うときは、侍の魂として差して来る」。須賀が尋ねる。「侍の心を預けたらどうですか?芸人風情には預けられませんか?」「お前に預ける。帰りに返してくれ。暫く持っていてほしい。わしの心だ。真心を預かってほしい。わしの魂を」「毬信が愛しゅうございます」「存じておる。何とかしてやりたいと思っておる。だが、いまひとつ、踏み込めない」。須賀は「お預かり申します」と、その短刀を受け取った。同心は「手前はこれにて失礼します」。
隣の座敷に床が延べてある。横になる。大の字で寝息をたてる金谷。目の前には“正宗”。亭主を救ってくれる男の真心。他の男とひとつ寝をすることに抵抗はあったが、須賀は寝間にソッと入る。狸寝入りの金谷が寝返りを打つ。「お風邪をひきます」と須賀が言うと、金谷は須賀の腕を摑み、男と女の仲になった。