柳家喬太郎「錦の舞衣」②宮脇数馬
三鷹市芸術文化センター星のホールで「柳家喬太郎みたか勉強会」を観ました。(2021・08・14)
柳家喬太郎「錦の舞衣~宮脇数馬」
煩悩が邪魔をして修業に身が入らないといけない、と鞠信と須賀の二人は別々に暮らした。須賀は霊巌島におっかさんと二人。毬信は根津の清水の閑静な場所に居を構えた。名人気質の夫婦はたまに会う、という生活だった。ある時、南禅寺の欄間に絵を描いてほしいという依頼がきた。毬信は、寺に住み込み、一心不乱に絵を描いた。寺を訪れる者が増えてきた。紙のいいのがあります、墨のいいのがあります。「結構。よいから、帰ってくれ」。様子を伺いに来る者が増え、「ことによると、隠密か?」と絵に身が入らない。
雨の日。一生懸命、絵筆を走らせていると、歳は24、5の華奢ないい男が訪ねてきた。「大塩平八郎の親類の筋の者です」「上方ではお世話になりました」。大塩は大坂で謀反の企てをして、親子で自滅したという。その男は、その残党で、宮脇数馬という。「父が申すには、母は江戸にいる。妹は深川で芸者をしていて、小菊という名前だそうです。手紙を母に渡してくれ、と」。「それで、私に何を?」と問う毬信に、数馬は「深川で妹に会うことができました。手紙を託しました。血を分けた母と話がしたい。名乗って出て、厳罰は受けるつもりです。隠密が出回っています。江戸で困っていることがあったら、毬信先生を頼れと、父が申しておりました。せめて母に会うまで、かくまってもらいたい」。毬信は答える。「わかりました。清水に家があります。そこに隠れていなさい」。その格好では、ばれてしまうと、妹が貸してくれた白い芸者の着物を数馬は着る。「華奢で、いい芸者だなぁ。歩き方に気をつけろ。頭巾を被って。桶の中に水を張って、菊を活けて、墓参りの後と装いなさい。誰が来ても出てはならぬぞ。お気をつけて」「では、先生」「宅で待ってなさい」。
一心不乱に描いた絵。「われながら、よく描けた」と悦に入っていると、須賀がやって来て、「本当に先生、よく描けましたね。根岸のお座敷で酔いました。私からの手紙、読んでらっしゃる?一本も返事が来ない。先生、あんまりじゃないですか。だったら、絵だけになさいな。他の人から手紙が来たら、読むんですか?」。「悋気か?」「悋気など。深川の小菊という芸者をご存知?あっ、顔色が変わった。菊の絵を描いて、毬信と書いたでしょ?」「そのことか」「大事なことです。何で、名前を?可愛い芸者だったら、描くのね」「行きなさい。今夜も座敷があるのだろう」「今晩、根津のお宅へ行ってよいかしら?」。すると、毬信は慌てる。「きょうは駄目だ!いかん!行っても無駄だ!」「たまには手紙をよこしてくだされば・・・」。そう言って、須賀は座敷に行ってしまう。
寺に同心が訪ねる。「ごめんください。狩野毬信先生ですね。誰かをかくまっちゃいませんか?」。絵の邪魔になるかもしれないが、と断りつつ、「捜せ!捜せ!」と家捜しを始める同心。「この風呂敷、この紋と柄は深川の小菊のもの。なぜ?ここに!」。「中を開けてもいいですか?」と言って、風呂敷包みを解くと、男物の着物。そして、小菊の扇子に菊の絵。絵には毬信と書いてある。毬信は怒鳴る。「なぜ、そのようなものがあるか、知らん!」「だったら、持って行きますよ。お隠しになると、身のためになりませんよ」。
しばらくして、須賀は根津の毬信の家へ。「先生!いらっしゃるじゃぁ、ありませんか!お寺にいらっしゃるんじゃないんですか?なぜ、ここに?お寺では女と泊まれないからでは?悔しい!悋気で言うんじゃありません。坂東須賀は悋気で言うんじゃありません!毬信は名人になる男。深川芸者に潰されては、何にもならない。ここにいるんでしょ?小菊がいるんでしょ?縁を切ります。別れます!」。毬信は叫ぶ。「畜生!こんなことで。浅はかだった。毬信はこんな男だった」「いるんでしょ?」「おらん!」。そこに、いたたまれなくなった数馬が現れた。「いた!やっぱり、芸者の小菊がいた!」「誤解でござる」「男!気でも違ったんですか?」。頭巾を取り、事情を話す宮脇数馬。力が抜ける須賀。「あなた・・・」。「かようなわけで迷惑になってはいけない。宮脇殿への義理もある」「すみません。つまらない悋気を起こして。私たちは夫婦。なぜ、言ってくれないの?」「夫婦だからこそ、迷惑をかけてはいけない。狩野毬信を思ってくれた。私は須賀が大事」。
そこに、戸を叩く音。同心だ。「先生!さっきも寺で申しましたが、身のためにならないですぜ」。様子を察知した同心は、「旦那!お須賀さんもいますぜ」。与力の金谷東太郎が来ている。「おぉ、さっきは座敷ですまなかったな。大塩平八郎の残党、宮脇数馬。手紙のやりとりは拝見した。おかくまいではございませんかな?」。御家人の株を持っている東太郎一行は、家の中にズンズンと入り、家捜しを始める。唐紙を開けると、切腹を果たした血まみれの宮脇数馬が。「先生、絵を描くのに、人が死にますか?話はここではできません。ついてきてもらおう」「私も狩野毬信。ついて参ろう。須賀、霊巌島で待っていなさい」。毬信は与力・金谷東太郎に連れられていく。