柳家喬太郎「錦の舞衣」④根岸の仇討
三鷹市芸術文化センター星のホールで「柳家喬太郎みたか勉強会」を観ました。(2021・08・14)
柳家喬太郎「錦の舞衣~根岸の仇討」
日々、いい知らせが来るのを待つ須賀。金谷のその後の誘いは断った。「生きて帰ってほしい」。須賀の願いとは裏腹に、毬信は獄中で責められて死んだという悪い知らせが入ってきた。須賀は母親と二人で泣き暮らす。「何だって、先生が死ななきゃいけないんだ。辛くて仕方がないよ。これで、もう、踊れなくなった。あの人に怒られそうな気がする」。何か食べなくては身体に障るとわかっていても、ものが喉を通らない。
ある日、古道具屋が訪ねてきた。「奈良助さん」と呼ばれている奈良屋助七という男である。「先生のことは、ご愁傷様でした。線香を上げさせてください」。仏壇に手を合わせる。「師匠も少し元気を出した方が良いですよ。家に面白いものがあったら、見せてください」。すると、須賀は「とあるところからの預かりものですが。正宗だということなのですが、見てみてください」。奈良屋は「本物なら大したもの。拝見します」と鑑定すると、黙って鞘に収めて、苦笑いした。「これが正宗ですか?誰が言いました?こんな正宗、ありゃぁしない。これは安物でございますよ。筋の良くないものだ」。須賀は「いいことを言ってくれました。毬信さんの供養になります」と一言。侍の真心の正宗が真っ赤な偽物だったとは!「おっかさん、明日、私、踊ろうと思うの。越前様の前で静御前を」。北川町の旦那や金八、それに芸人仲間など、お世話になった人を集めて、「一世一代の踊りを舞って、あの人の供養をするの」。
一世一代の舞い納め。これが一世一代の出来栄えであった。人々が口にする。「名人の名人たる所以だな。いいものを見せてもらった。先生は名人をお育てになったな」。「私もこれから生きていけそうな気がします」「亭主がお喜びになるよ」「大層、お世話になりました。飲んでいってくださいな。私は行かなくちゃいけないところがあります」。金谷東太郎のところに手紙を一本書いて、駕籠に乗って、寮へ。爺さんに心付けを渡し、「連れが来たら、ここに通して、後は二人にしてください」。
やって来た金谷。「お前の方から会いたい、なんて初めてだな」「旦那、やりましょう」。酌をする。「飲みたいんです。飲みましょう、今夜」。「旦那、色々お世話になりました」「可哀想なことをした。気の毒な死骸だった」「死んでしまったことを、クヨクヨしても仕方ありません。私はまだ生きている。考え方を変えました。これからは、これからのこと。旦那、お情けにすがってもよろしいですか?旦那、飲みましょう。泊まっていっても、よござんすか?」「飲もう、飲もう。酒が美味い」。そして、須賀が切り出す。「旦那のお気持ちの正宗、お返ししましょうか?」「カカァとすっぱり別れても良い。正宗はお前が持っていてくれ」「面白い。こうすると、正宗って曲がるのね。しなやかで、面白い。本物の正宗はこういうものなのね!とんだ武士の真心でござんしたね!道具屋が苦笑いをしてましたよ。旦那の名前は出しませんでしたけどね。侍の真心って、安っぽいのね。よくも亭主を殺してくれましたね。お前さんが一番、責めたってね。あの人は最期まで弱音を吐かなかったと聞いています」。
須賀は思いの丈を吐き出すと、ヘベレケの金谷を短刀でブスリと刺した。倒れた金谷に馬乗りになって、ズブズブと滅多刺し。与力・金谷東太郎は息絶えた。ブツ斬りにされた死骸を風呂敷に包み、「駕籠を頼みます」。北川町の旦那などに2、3本の遺書を残し、谷中の毬信が眠っている寺へ。「目を瞑っても、亭主の墓には行けますから」。墓前に生首を供え、「あなた、申し訳ないことをしました。この男に操を捧げてしまいました。この通り、仇を討ちました。成仏なさってください」。そして、須賀は「私もあなたの傍に行きます」と言って、短刀で喉を突いて自害したという。「錦の舞衣」、読み切りです。
愛と憎しみ。人として汚い部分と清らかな部分。誰の心にも宿す闇と光が複雑に絡み合って織りなす泥沼の人間ドラマの世界が鮮やかに描き抜かれた。