春風亭柳枝「甲府ぃ」純朴で誠実な人柄ゆえに皆から愛される善吉の旅立ち。柳枝師匠の新たなる旅立ちと重なり、目が潤んだ。

池袋演芸場で「春風亭柳枝真打昇進襲名披露興行」を観ました。(2021・04・30)

都内4つの定席の披露目の大千穐楽である。鈴本の大初日を大名跡を継いだ柳枝師匠で迎え、40日間、他の4人の新真打と交代で披露目をおこない、最後をまた柳枝師匠が締めた。コロナ禍の中、非常に意義深い興行だったと思う。

口上での師匠・正朝の言葉が印象的だった。15年前に弟子入りを許した。その前にも何人か入門志願者はいたが断り、「そろそろ取ってもいいかな」と思ったのが今の柳枝だった。これは縁です、と。ありがたいことに育ちがいいのか、品があって、不思議な魅力があり、皆に可愛がってもらえる。二ツ目になって、落語の評判もよく、たまたま空いていた大名跡を襲名することができた。協会幹部もみんな、正太郎ならいいんじゃないかととんとん拍子で運んだ。結果的に62年ぶりの復活となった。これもまた縁です、と。これで喜んでいてはいけない。芸の修行はこれからまだまだ続く。勘違いしないように、九代目の名跡を大きくしてほしい。そのためにお客様にはご贔屓、お引き立てくださいと締めた。温かい口上だった。

副会長の正蔵師匠は言った。柳枝は良い師匠を選んだ。ネタの数は多いし、鳴り物は優れているし、何より一本気な了見が素晴らしい、と。大きな名前を継ぐということは、私も経験があるが、努力するのは当たり前、お客様のお認めがなくてはいけない、お客様が育ててくれる。その意味では、贔屓のし甲斐がある新真打だと褒めた。

会長の市馬師匠は、コロナ禍の中での真打披露に優しい言葉を添えた。思い描いていた披露目と違い、さぞ悔しい思いをしているだろう。だが、こうして何とかギリギリで披露目ができたことは大変に協会としても嬉しいことだ、と。明日からは緊急事態宣言で寄席は閉場してしまう。こういう時代だからできる披露目に感謝しなくてはいけない。満員御礼の客席を前に、会長としての御礼も忘れなかった。

柳家左ん坊「子ほめ」/柳家花ごめ「元犬」/ホンキートンク/柳家小傳次「空飛ぶハンマー」/三遊亭天どん「タラチネ」/林家彦いち「遥かなるたぬきうどん」/アサダ二世/春風亭正朝「ん廻し」/柳亭市馬「五月幟」/口上/立花家橘之助/三遊亭圓歌「やかん」/林家正蔵「一眼国」/五街道雲助「堀の内」/林家正楽/春風亭柳枝「甲府ぃ」

甲州から出てきた善吉は田舎者で不器用だけれども、純朴で誠実な人柄ゆえに皆から愛されるキャラクターという部分が、実に柳枝師匠のニンに合っている噺だと思った。いつまでも叔父叔母夫婦の厄介に甘えてはいけない、江戸へ出て立身出世する。身延山に3年の願掛けをして、絶対成功するまで国には帰らないと覚悟を決めている了見が素晴らしい。

豆腐屋主人は善吉を見て、「気に入った!綺麗な目をしている」と自分の店に奉公させることを何の情報がなくて即決するのも、善吉の人柄だろう。荷商いの売り子をするにしても、けして器用ではない。売り声をやらせてみても、素っ頓狂で最初はうまくいかない。それも毎日努力して頑張って商いに出れば、そのうちに身についてくる。そんな努力家な側面が見える。

お客となるかみさん連中の評判もそうだ。色が黒くて、毛むくじゃらな腕をしていて、最初は不衛生な印象を持たれるけれども、毎日毎日売り歩くことで、段々い好感度が増す。子どもに菓子を与えてあやしたり、水を汲むおかみさんの手伝いをしたり、一つ一つの積み重ねが評判を変えていく。最終的には、色が黒いのも苦み走ったいい男となり、毛むくじゃらも野性味溢れると人気を呼ぶ。

そんな親切で正直な人柄は豆腐屋夫婦だけでなく、娘のお花も惚れこむわけだ。婿取りの話を善吉にすると、あくまで謙虚なのもいい。「恩返しも済まないのに、申し訳ない」と涙を浮かべて喜ぶ様子に何の奢り昂ぶりもない。そして、結婚後もますます精を出し、楽隠居した義理の両親からは働きすぎだと心配されるくらいだ。

最後、甲府へ旅立つ善吉夫婦を「水が変わるからな。気をつけなよ」と見送る義父の目に涙が浮かんでいたのを見逃さなかった。善吉の旅立ちと柳枝の真打としての旅立ちをオーバーラップさせる素敵な高座に、こちらも目が潤んだ。