【コメディの天才・三谷幸喜は、粘り腰の努力家】タマネギは人を泣かせることはできるが、まだ人を笑わせる野菜は発明されてはいない。

NHK―BSハイビジョンの録画で「いま裸にしたい男たち 三谷幸喜 40歳★究極のコメディ」を観ました。(2001年12月24日放送)

今からおよそ20年前の放送である。そう、三谷さんも今年、還暦を迎えるのである。この放送ももちろん売れっ子作家、そして現在もその作品は大衆から支持され、来年には3度目の大河ドラマの脚本を担当する。天才である。が、この番組を観て思うのは、すごく努力家である。繊細な神経を持っていると同時に、粘り腰の飽くなき探求心をお持ちである。人を貶めずに、人間模様をユーモアたっぷりに描く。その源泉を20年前の番組から探ってみたい。(以下、敬称略)

このドキュメントは、2001年にPARCO劇場で上演された「バッド・ニュース☆グッド・タイミング」の本読み稽古から上演までの2か月を追っている。車中での最初のインタビューが興味深い。

(普段、車の中では何をされているんですか?)寝てますよ。申し訳ないのは、僕の喋りって面白くないですからね。きっと普段も面白いだろうなと誤解している人多いと思うんですけど、面白くないじゃないですか。普段の僕って。だからね、申し訳ないです。もっとサービス精神旺盛だったら、いろんなこと言えるんですけど、根が真面目ですから、真面目な話しかできないんですね。もっとハッキリ大きな声で喋らなきゃ駄目ですね。しかも、今、歯がかけていて、言葉を選ぶんですよ。歯がかけていることを悟られないような言葉を。(それはどういう意味ですか?)自分の中で整理できてないから、お伝えできないんですけど。

このインタビューで、いかに三谷が真面目なのかがわかる。しかもサービス精神旺盛じゃないと言いながら、本当のところはサービスをしなくちゃいけないと思っていること、だけど、それじゃあ、嘘になるから喋らなくて申し訳ないと謝っていること、それ自体が三谷の人柄を表わしている。

今回取り組んだ「バッド・ニュース☆グッド・タイミング」の一場面を例にしながら、三谷が演劇に向き合う姿勢が伝わってくるインタビューも興味深かった。

二つのドアが開いた瞬間に絶対に会っちゃいけない人が同時に二人出てくるとか、いっぱいあるわけですよ、エレベーターを使ってできる面白いことが。それを羅列して、できるだけそれをできるストーリー展開を考えたんですけれども。あんまりそうやって芝居を作っていく人っていないんですよ。よく言われるのが、あまりに僕の書くものは、パズルのパーツがピッタリとはまり過ぎていて、逆に面白くないと。人生なんてすべてが論理的に収まるわけではないし。

パーツが足りないときもあれば、余っちゃうときもあるし、それが世の中なんじゃないかと。そういう考え方でものを作る方も確かにいらっしゃるんですけれども、そっちがほとんどなんですけどね。僕に言わせると、そっちの方が楽なんですよね。ジグゾーパズルがあるんだったら、どんなに大変でも作り上げてみて、要らないパーツなんかあり得ないし、足りないパーツがあったら、買って来てでもはめこまないと、面白いものはできないというのが僕の考え方ですから。

三谷は幼稚園に入学する前から、8ミリフィルムを使って、お話を作るのが好きな子どもだったという。

おたくではないんです。常に誰かがいなきゃ駄目なんです。一人で何かをやるタイプではないんです。皆で何かを創り上げていくことに喜びを見出す人間だったので、友達がいないときとか、一緒に遊んでくれる仲間がいないときは、それが人形になったりとか、一人遊びの世界に入ったこともありますけども、基本的には僕は集団の中の一人でなければ成り立たない、存在しえない人間で、ずっとここまで来ているという感じがしますね。

三谷は中学時代に演劇部を作った。

僕自身が役者になって舞台に立つことは嫌いではなかったですけれども、カドワキという同級生がいて、すごく勉強ができなくて、家が貧しくて、性格もひねくれた奴だったので、すごく皆にいじめられていたんですよ。なんか僕は彼と気が合って、一番仲良しだったんですけど、彼はお芝居をする、演じる才能があったんですよ。何かのきっかけでそれを知って、なんとか彼に役者をやらせたかったんですよ。すごく覚えているのは、彼はこんなにいい声で、声量もあって、度胸もあって、舞台の上で生き生きとした彼を見せることができると思ったんで、それで演劇部を作ったんです。学校の勉強だけでは表現できない彼の良さ、皆にアピールすることができない良さを、僕は知っていたので、皆に彼の良さをどうアピールできるか、発表できるかというものが、僕の中では一番大きかったですね、演劇部は。

田村正和を起用して大ヒットした「古畑任三郎」シリーズについて。

基本的には変わっていないですよ。警部を見て愕然としたのは、僕は「刑事コロンボ」が大好きで、最初のオンエアから見ているんですね。それが高じて、僕は僕なりのコロンボを作りたいと思い、古畑任三郎というドラマを大人になってから作ったんですけれども。今回、(実家に残されていた)古いテープを見て、自分が小学生の頃にすでにコロンボを真似た作品を作っているんですよね。途中から僕が出てきて、コートを着て、変な動きをしている。これはコロンボの真似をしているんだなと。子どもの頃に憧れてコロンボもどきのものを作り、結局何十年後かに大人になってテレビドラマとしてまた作り、それを大勢の方に観て頂き、愉しんでもらえる人生を歩んでいる人って何人いるだろうかと思って、これはすごいことだな、なんてラッキーなんだろうと思いましたね。

この「いま裸にしたい男たち」シリーズは、世間で最も注目を集めている男の素顔と魅力に女性ディレクターが迫るというシリーズだ。エンディングのコメントにこうあった。

三谷幸喜の取材を始めて2か月。私たちは彼の素顔に迫れたのか。どこまでが演技で、どこからが本気だったのか。クールなのか、それとも実は熱い男なのか。その姿はまだほとんどわからない。しかし、彼のように子どものようなこだわりと一途さを持つ男に出会ったことはない。

三谷が言う。

僕はね、結構、素の自分を出したつもりなんですよ。普段、テレビに出るときって、どこかに冷静な自分がいて、何か作ったり、普段の自分じゃないところを見せる余裕があるんですけれども、今回は芝居をゼロから作っていくところからだったから、その余裕がなかったんですね。2時間、ナマの自分の姿を静観できないので、僕はオンエアは観ないと思いますけど、本当に自分を理解して下さったかどうか、知るためには観てみないことには、全然違う風に編集されているかもしれないですから、不安なので、マネージャーに観てもらいます。あ、構成台本を読ませてもらえるなら、チェックしてみたい気はするけれども、僕は観ないですねえ。母は観ると思いますけど。(いつの日か観て下さいよ)いや、絶対、観ません。恥ずかしいです。

そのインタビューが終わると、タキシードを着た三谷がカメラ目線でコメントする。

ハートウォーミングなコメディを作り続けたアメリカの監督、フランク・キャプラーを讃えるパーティーで、コメディアンのスティーブ・マーチンがスピーチをしました。僕はコメディ、そして笑いの本質をついた言葉を他に知りません。彼はこう言いました。タマネギは人を泣かせることはできるが、まだ人を笑わせる野菜は発明されてはいない。それでは。おやすみなさい。

三谷幸喜らしい、番組の終わり方だった。