【プロフェッショナル 吉永小百合SP】私はプロではない。いつまでもアマチュアでありたい(2)
NHK総合の録画で「プロフェッショナル仕事の流儀 吉永小百合SP」を観ました。(2019年10月26日放送)
きのうのつづき
吉永小百合が「いつまでもプロではなく、素人でありたい」ということをポリシーにしているのは、不器用にひとつずつ役を作っていくという彼女の信念が伺えた。そのなかに、「のぼせたら、終わり」という意味も込められている。
あんまり褒めるといい気になると思っている。自分のことをね。のぼせたら、そこで終わるというか。もうその先はないというか。もう少し成長したいというのも、この歳なんでけどあるんですよね。満足したら次の日からお休みですよ。そこで終わっちゃうじゃないですか。
共演した天海祐希が語る。
嘘がない。本当に嘘がない。ごまかしがない。計算ではなくて。本気度が高いんですね。テストから足を打つときは、全力で打ってしまうし。実際、ちょっと支えるシーンがあったんですが、そのときは本当に全身でくるので、この重さが本当に小百合さんの本気度なんだなと思って、そこはすごく己を省みました。
映画監督の山田洋次のコメントはこうだ。
観客はいろんな役を通して“吉永小百合”という人を見ているというかな。そういう意味じゃ、本当に特別な人じゃないですか。そういう人をスターというのかもしれないけどね。小百合さんはどんなにプレッシャーであろうかと気の毒に思うくらいだね。だけど、しょうがないんだよ、小百合さんは。その小百合さんであり続けることは、あの人の任務だと思ってもいいね。
吉永は映画の主人公の故郷を訪ねることにしている。今回の映画の北原幸枝の生まれ故郷は長崎県五島列島の福江島。今回が3回目という訪問にカメラが同行した。
ここで生まれて、ここで育って、ここに先祖の墓があるっていうのは、撮影当日じゃなく、やっぱり事前に知っとかなきゃいけない。役の距離を縮めるし、その人と同じ風に吹かれてその場所に立つっていうのは、私にとってはとっても重要なことなんですよね。私はその人のルーツというか、その人がどこで生まれて、どうやって育ったのかっていうのを知らないと、なんか自分の栄養にならないんですよね。
ディレクターが宿を訪ねると、吉永は台本に手を入れていた。幸枝なら、どんな言葉を発するのか。役ににじりよる作業である。
吉永は仕事に入ると、プライベートを断ち、ひたすら役のことだけを考える、役に没頭する。その生活を実に40年にわたって続けてきた。
吉永はそれを努力ではない、という。
努力しないとついていけない。努力じゃないんですけど。日々できることを。まだまだ少ない。足りないんですけど。何にもしないで、もったとしていると、とても皆さんの速度についていけない。だから必死です。(努力じゃない?)努力というのとは違う。最低限、自分がやらなきゃならないことって、努力じゃないですよね?必要なこと。大切なこと。だから、努力ってさらにそれ以上のことをすることで、それはなかなか今もできないけど、自分のできることはやろうと。それができなくなったら、辞めるしかないですよね。どこかで自分はいつ幕を引くかっていうことも考えてる。そういう部分もあるんで、どこまでやれるか。
この映画が最後になるかもしれない。吉永の揺れる心の内がこのインタビューに現れている。
つづく