【プロフェッショナル 吉永小百合SP】私はプロではない。いつまでもアマチュアでありたい(1)

NHK総合の録画で「プロフェッショナル仕事の流儀 吉永小百合SP」を観ました。(2019年10月26日放送)

素晴らしいドキュメンタリーだと思った。吉永小百合さんの番組出演、10ヶ月の密着取材の了解を取り付けただけでもすごいのに、このクオリティの高さには驚愕である。75分間、画面に釘付けになる。吉永さんの「私はプロではない。アマチュアだ。アマチュアであることにこだわりたい」という意志がオープニングからエンディングまで貫かれていた。この番組のメッセージ性を高めている。それを成し得たのは、担当ディレクターが実に優秀だったからにほかならない。取材対象との絶妙な距離感。インタビューの間に入る秀逸で簡潔な質問。ナレーションコメントの上手さ。番組を観て、頭が下がる思いだった。きょうから5回にわたって、この番組の流れに沿って、「唯一無二の俳優・吉永小百合」の魅力を見ていきたいと思います。(以下、敬称略)

冒頭、「その人は日本ではただ一人、こう呼ばれる」とナレーションして、画面真ん中に「最後のスター」。儚げでありながら、凛とした佇まいから、日本の心と称される。だが、その素顔は知られていない。異例の10ヶ月の密着取材。取材初日、吉永はカメラ慣れしていない。長期取材は初めて、映画製作の舞台裏を撮影するのも初めてだという。

彼女にとって121本目となる映画の衣装合わせ。吉永小百合、74歳。演じるのは主役のみ。企画も吉永に合わせて作られる。1年ぶりの現場にはしゃぐ吉永は少女のようだった。そして、日本を代表する俳優たちが集結しての本読みを終えての質問がいい。

なぜ、「プロフェッショナル」の取材を受けたのですか?

以前からお話はありましたが、私はプロではないから。いつも、「プロフェッショナル」を拝見していて、本当にプロ中のプロの方が出ていらっしゃる。私みたいなアマチュアが…。アマチュアじゃないかなって、思っている人間が出てはいけないと思っていたんですけど。逆に出演することで本当にプロになるにはどうしたらいいかとか、自分を見つめる番組に出させていただくような、そんな気持ちでおりますけど。すみません。普段の番組と違ってしまうかもしれないですけど。

「自分はプロではない」と語る吉永の真意は?心の内を探る取材がはじまる。撮影初日。誰よりも早く、現場に入る。着替えとメークを済ませ、セットへ向かう。まとう空気が一変した。今度の映画は、がんで余命数ヶ月と宣告された主婦・北原幸枝という役である。クランクインで芝居を固めてくる俳優は多いが、吉永はあまり決めない。

そのときの風に吹かれて感じるままに演じられたらと思うんですよね。こうしよう、ああしようっていうと、「作った感じ」になっちゃうので。

大切にしているのは、役にどこまで入り込めるかである。吉永は本番前、必ず目を閉じる。そして、ひとつのことを思う。「素人でありたい」。

素人でありたいと思うんです。その日のお天気によって芝居が変わってくることもあるし、風の吹き方によってセリフのしゃべり方も変わったり。自分に正直に生きたい。演じているけど、演じていないように見えるのか。演じていないけど、演じているように見えるのか。どっちかわからないですけども、どっちなんでしょうね。「演じているけど、演じていないように見える」のが、やっぱり最高なんでしょうね。

取材から1カ月。だんだんと吉永の素顔が見えてくる。驚くほど飾らない人である。そして、待ち時間もけして座らない。

立っている方がリズムが取れるというか、座るとなんかそこで(気持ちが)切れちゃう。出演者じゃなくて観客になっちゃうみたいな。そういう怖さが自分にある。他の俳優さんのお芝居を見て、それで勉強して。(他の俳優さんは)プロフェッショナル。本当にすばらしい。あたしたちは「アマチュア」。(どういう意味で?)不器用でひとつずつ役を作っていくしかできなくて、最後に終わったころにそうだったんだなあって気付く。

吉永小百合の役作りは、まるで新人のように、やるべきことを積み重ねる素直なものだった。

つづく