田辺いちか「曲馬団の女」「生か死か」 十二代目南鶴の創作講談が戦後75年の現在に語り継がれる意味の大きさ

道楽亭ネット寄席で「きく麿・いちか二人会」(2020・10・29)、らくごカフェで「田辺いちかの会」(11・14)を観ました。

田辺一鶴先生は髭の講談師として、僕の記憶にもある。その弟子の一邑先生の弟子が田辺いちかさんだ。そして最近、一鶴先生の師匠である十二代目田辺南鶴先生の創作した講談2作品を、いちかさんが読む高座を聴いて、その魅力にはまった。「曲馬団の女」と「生か死か」。いちかさんにとっては、芸の上では南鶴先生は曽祖父(ひいおじいちゃん)にあたるわけで、その読み物が脈々と受け継がれていることの素晴らしさを感じるとともに、作品の魅力を余すことなく伝えるいちかさんの腕にほれぼれした。

「曲馬団の女」

戦地で「壮吉」という一人の男が死亡したという新聞記事を読んだ女、お蘭。彼女は宗吉の自宅を訪ね、悲しみにくれる母親に「私は壮吉さんと出征前に夫婦約束した者です」と告げ、線香をあげさせてもらう。だが、それは偽りで、お蘭は香典泥棒だった。すっかりお蘭を信じ込んでしまう母親の姿を見てお蘭は良心の呵責を覚える。泥棒して逃げてしまうつもりだったが、寂しいから一緒に暮らそうと信頼する母親にほだされ、共同生活がはじまった。

壮吉には、壮太郎という弟がいたが、これが遊び人で、香典目当てに度々母親を無心に訪ねる。お蘭は壮太郎をたしなめるが、壮太郎は動じない。お蘭の氏素性を知っているのだ。曲馬団に所属していたこと。窃盗で捕まり、刑務所にいたこと。過去を暴くと強請る。だが、お蘭は曲馬団で鞭一つで猛獣を操っていた度胸のある女。逆に凄味を効かせ、壮太郎を一喝して追い返してしまう。

そこへ、死んだはずの壮吉がひょっこり顔を出す。驚く母親とお蘭。死亡は誤報だったのだ。母親はお蘭が許婚と信じている。お蘭は壮吉に事情を話し、すべてを打ち明けた。すると、壮吉は怒るどころか、感謝し、自分と結婚してくれと言う。そして、一家3人は幸せに暮らしたという。

「生か死か」

牛込でゴム工場を経営していた金兵衛、65歳。東京大空襲で妻を失い、息子も特攻隊として名誉の戦死を遂げた。多くの負債を抱え、もう死ぬしかないと判断した金兵衛は別荘のある吉祥寺の井の頭で自殺しようと向かう。その移動途中の電車で目が合った青年は死んだ息子にそっくりだったが、他人の空似と流した。

下車し、井の頭に向かうと、偶然にも前にさっきの青年が歩いている。彼は後ろを向き、「なぜ、つけてくるのか」とピストルを金兵衛に向けた。しかし、死を覚悟しているから、怖くない。身じろぎしない金兵衛を見て、青年の方が怖くなった。「どこかの親分さんではないか」。100円札で2万円を渡し、その場を去った。さらに、足元に鞄が落ちているのを見つけた。中の現金は抜かれていたが、手形や書類が入っていて、新宿の中村商店の名刺が何枚もあったので、新宿に届けに行った。先方は喜び、御礼に10万円をもらう。これで合計12万円。だが、金兵衛は2万円では到底、破産した工場の立て直しはできない。

金兵衛は新宿のキャバレーに向かった。ここの地下には秘密の賭場があって、そこで一勝負してから死んでもよいかもと考えたからだ。丁半博奕。恐いくらいに勝ち続け、軍資金をはるかに上回る2000万円が懐に!これならば、人生をやり直せるかもしれない。牛込の自宅に戻ると、まもなく、訪ねる者があった。井の頭でピストルを突き付けた男だ。「新宿の賭場でもあなたの顔を見かけ、その度胸を見て、どこかの親分さんだろうと思った」という。

男はシベリアの辰という仇名をもつ渡世人。特攻隊の生き残りだという。だが、金兵衛が事情を話し、堅気だと知るとビックリする。亡くなった金兵衛の妻と息子に線香をあげる。と、遺影を見てさらにビックリ。「特攻隊の先輩です」。因縁を感じた金兵衛が「渡世人などやめて、一緒にまじめに人生のやり直しをしないか」と誘う。

男は「3年待ってください。これまでの悪事を自首して、刑務所に入り、身体を綺麗にしてから、やり直しさせてください」。交番に向かう男の後ろ姿を見送る金兵衛の気持ち、いかばかりか。

十二代目田辺南鶴のこの2つの作品に共通するのは、太平洋戦争という悲劇が生んだ実際にあった三面記事が基であるということだ。そこに人間ドラマを感じ、講談として創作している。ノンフィクションが元になっているとはいえ、多少の脚色はあるだろう。だが、その脚色があるからこそ、ノンフィクションは世間に知れて、感動や共感を呼ぶ。そのマインドが田辺の一門に受け継がれ、戦後75年の今、私たちの心に届く。田辺いちかという才能が、その任をこれから益々担っていくであろう。大いに期待したい。