【よみらくご 伯山スペシャル】講談界の革命児の熱量は、大名跡襲名後も変わらない。いや、さらに熱い。
よみうり大手町ホールで「よみらくご 伯山スペシャル」を観ました。(2020・11・12)
神田松之丞さんが真打に昇進し、六代目伯山という大名跡を襲名したのが、今年の2月。ここ数年でグングンと人気が急上昇した彼の披露目は物理的、体力的、時間的にも調整がつかず、2月11日の末廣亭大初日「中村仲蔵」と、3月23日のお江戸日本橋亭「安兵衛婿入り」しか伺うことができなかった。そして、コロナ禍。僕自身が新生活をスタートさせたこともあり、熱狂的な伯山ファンによるチケット争奪戦からはふるい落とされ、9月の花形演芸会「宗悦殺し」10月のよってかたって「文化白浪 鋳掛松」を聴いたのみだった。人伝には、新しいネタを意欲的に吸収していると聞いていたし、YouTubeでは神田伯山ティービィーで講談界を盛り上げている姿を拝見し、心強く感じていた。
そして、この日、自分の眼で、六代目神田伯山先生のナマの高座をたっぷり聴く機会に恵まれ、その心強さはますます確信に満ちた。プログラムに書いてある文章を抜粋する。
(「芝居の喧嘩」の)話の面白さは文句なしだが、登場人物も、難しい言葉も多くて、講談初心者はまごつくばかり。だが、伯山は高座の上からとっておきの鑑賞法を伝授する。「いっぱい、いろんな人間の名前が出てくるギャグだと思ってください」。ああ、なるほどと、この一言だけで満場の観客が安心し、自然に講談を聴く態勢になるのだから、伯山講談はオソロシイ。その演目、その芸の本質をつかんで、簡潔だが鋭い言葉で表現する。以上、抜粋。
そうなのだ。この手法で松之丞時代から「講談を身近に感じてもらい、入り口を開いてあげる」ことで、講談ファンを増やしていった。それは伯山になっても変わらない。さらに言うと、伯山先生になってから、講談界を背負って立つ、引っ張っていくという意識はさらに強くなっているのではないか。それが、YouTube「神田伯山ティービィー」であり、漫画「ひらばのひと」監修であり、講談えほんの監修なのではないか。
プログラムのプロフィールでは、よみらくご総合アドバイザーの長井好弘さんが以下のように書いている。
驚くべきことは、この8カ月間で、売れに売れた「松之丞」から、大名跡だが今は知る人の少ない「伯山」への改名が、観客にすんなり受け入れられたことだ。先代(十代目)桂文治が「なまじ『桂伸治』の名で売れたので、皆に『文治』と認めてもらうまで10年かかった」とぼやいていたことを思えば、「伯山」浸透度のすさまじさが実感できる。以上、抜粋。
「文化白浪 鋳掛松」
前半の松五郎が奉公に出て、泥棒を逆に騙して寿司を食ってしょっ引いてしまう出来事を知って、奉公先の番頭が「目端が利きすぎてよくない」と畏れ、旦那と相談して親元に返してしまうところまでは、滑稽味を十分に出して笑わせる。
親父が亡くなって鋳掛屋を継ぎ、天秤棒を担いで商いに出てからは人情味が出てくる。枝豆屋の貧乏母子に売り貯めを渡し、さらには舟遊びをしている金持ちに怒りを覚え、鋳掛を船にぶちまけてしまうところは、人情だけでなく、貧富の差が生み出す人間の不条理を描いて共感を呼ぶ。みち子師匠の三味線も効果的に入り、聴き惚れた。
「東玉と伯圓」
講談師を主人公にした講談はいくつかあるが、初代伯山が出てくる読み物をこの時期にかけるところが、伯山先生らしくて良い。伯龍の弟子・伯海が自分の芸に自信を持ち、その当時の売れっ子芸者・お梅を連れて大坂に出るが。三道楽にのめり込み、芸に精進しなくなってしまった伯海を見捨て、お梅が書置きをして江戸へ逃げたことを知ったときの心情いかばかりか。
そして、奮起して江戸に出てきたところでの名人・東玉との出会い。すでに弟弟子の伯山が神田派の束ねをして看板になっていると知ったときの気持ち。松林亭伯圓と名を改め、東玉がスケに入って興行を打ち、精進を始めると。東玉がスケの割を一日一両とふっかけてきたのには理由があった…。やがて、お梅を連れて東玉が所帯を持ったらどうかと勧め、100両をポンと渡した人情。
最後は伯圓と伯山が二人会を開き、競うという展開は大変面白い。それも「伯山は天一坊で蔵を建て」の「徳川天一坊 網代問答」と「紀州調べ」対決が。中入り後の「天一坊の生い立ち」への伏線となっているのが心憎い。
「天一坊の生い立ち」
松之丞時代から何度か聴いていて、この序開きからドラマチックな演出で「徳川天一坊」への興味をそそっていたが、すでに13話まで習得しているらしい。僕は「越前登場」あたりまでしか聴いていないので、これから先を聴くのが楽しみだ。
で、この日の「生い立ち」、伯山襲名後はもちろん初めてだったが、よりドラマチックな演出に。吉兵衛となって船に乗り込むが、疾風に逢って転覆するところ、鳴り物入り、しかも照明も効果的に使って「伯山講談」の可能性を見た。