三遊亭兼好「品川心中」 廓で生きる女の強かさと、それに騙される男の弱さ。現代に通用する再構成に合点!
三鷹市芸術文化センター星のホールで「三遊亭兼好独演会」を観ました。(2020・11・07)
兼好師匠のユーモアは天下一品である。毒ッ気もあるが、猛毒というほどではなく、山椒は小粒でもぴりりと辛いという感じ。それでは毒ではないか(苦笑)。新聞を隅々まで読んで気になる話題を拾い、理路整然と説明した上で、ペロッと吐き出す本音に、思わず膝を打つ。この日の5日前に開催された自主公演「人形町噺し問屋」も、コロナ禍の中、人数制限が緩和されつつある状況なので、プログラムには第何回とせずに「コロナの3」と記してあった。本当は満員で開催しないと赤字のはずの自主開催だが、広く告知せずに、昔から通っている常連客を中心に半数程度に抑えて、そういうカウントをするところが、いかにも兼好師匠らしい。
この日の「品川心中」は通しであったが、通常の噺家さんが演る型とは違うものだった。おそらく、僕は兼好師匠では初めて聴いたものと思う。兼好師匠は従来の古典に、ちょっと捻りを加えたアレンジメントをするのが上手い。そうすることで、現代に通用する噺にしたいという狙いもあるだろうが、ほかの師匠で聴いた噺とは異なる演出で新鮮に聴いてもらうというサービス精神もあるのではないか。
「コロナの3」のときに聴いた「大工調べ」も、お白洲までいく通しだったが、何より可笑しかったのが、与太郎のキャラクターだ。随所に花魁言葉が出てくる。それは無闇に奇を衒って笑わせるのではなく、「与太郎は腕の良い大工だが、吉原通いが高じて店賃が滞ってしまった」という背景を描いていたのだった。実に考えられた設計で、淀みない棟梁の啖呵も素晴らしかったが、全体としては、僕はこの与太郎の人物造型に感心した。
で、「品川心中」である。主人公・お染が品川の廓の板頭という説明を、キャバクラのナンバーワンと判りやすく喩えるのは他の噺家もやることだが、紋日をサービスディーとしたのはあっぱれだった。それも普通のサービスディーではなく、逆。お客が女郎に普段の料金より高い額を払い、サービスをするという意味でのサービスディー。だから、人気が落ちてきたお染には死活問題なのだというのも合点がいく。
今でいうところの顧客リストをめくりながら、心中相手を神田の貸本屋の金蔵(通称・バカ金)に決めて、呼び出したときのお染の口からデマカセの巧さは、なるほど金蔵がメロメロになるはずだというシロモノだ。心中決行の晩も、飲み食いをするだけして、寝込んでしまった金蔵の寝顔に「これから心中するというのに」と呆れるお染の一言が印象的。心中する気満々で、白無垢を買ってきたが、予算が足りなくて自分の分は子供用のツンツルテンなのに、三角巾をすると、「一番似合う!」とお染が感心するのも可笑しい。
品川の海に一人だけ飛び込んで、お染に「ごめんなさいね、失礼!」と冷たく見捨てられた金蔵が博奕をしている親方の家に夜遅く訪ねての騒動は愉快だが、その中でも中入り前に演った「高田馬場」に出てきた岩渕伝内先生を登場させ、気絶させたのには笑った。
で、ここから裏切り者のお染への仕返し作戦だが、金蔵を早桶に入れて城木屋を訪ねるという演出は初めて聴いた。「心中のし損ないで、ドザエモンであがった」幽霊が出てきて、「俺だけ溺れ死んで、女が助かったのが悔しい。せめて線香の一本でもあげてもらいたい」と言うんだと、怖がりの梅さんが震えながら言う。ところが、お染は紋日の金勘定に夢中でまるで取り合わないのだ。怖がらない。女郎というか、こういう騙し騙されの世界で生きる女の強さみたいなものを、しっかりと浮かび上がらせる噺に仕立てたところに、兼好師匠の上手さを感じた。