玉川太福「祐子のセーター」 “ダイちゃん”の温かくて優しい人柄が新作、そして古典浪曲の魅力となる

木馬亭で「玉川太福月例独演会」を観ました。(2020・11・06)

太福さんの師匠が二代目玉川福太郎、その福太郎の師匠が三代目勝太郎(初代福太郎)、その勝太郎の兄弟子が桃太郎(お互いに二代目勝太郎の弟子)。その桃太郎のおかみさんが玉川祐子で、今年10月に98歳の誕生日を迎えた、現役の曲師である。だから、祐子師匠にとって太福さんは孫のような存在で、「ダイちゃん」と呼んで何かと可愛がってくれるという。

以前に、「祐子のスマホ」という身辺雑記的な新作浪曲を太福さんが披露したことがあったが、ガラケーからスマホに買い替えたいので、太福さんに携帯ショップに連れて行ってほしいお願いされ、スケジュール調整をして、ショップに行くまでの物語なのだが、そこからも「ダイちゃんが可愛くて仕方がない」祐子師匠の人柄がよく出ていて、面白かった。スマホを買いたいのだけど、ダイちゃんに全幅の信頼を置いていて、浪曲界、いや演芸界の宝と言っても過言ではない祐子師匠の年齢を重ねる度にチャーミングさが増していく様子が、太福さんの節と啖呵で語られると、堪らないのだ。

そして、今回披露したのは「祐子のセーター」。祐子師匠は編み物が得意で、以前も太福さんの娘さんにセーターを編んで頂いたことがあったそうだが、今回、また連絡があって、「横綱級の毛糸が見つかったから、編んであげたい」という有難いお言葉。以前のは娘が2歳のときのセーターだったので、5歳となった今は当然着られなくなって、曲師の沢村美舟さんのお子さんに譲ったのだそうだ。「ありがとうございます」「寸法を測らなくちゃいけないから、ダイちゃんに会う日を決めよう。いつ、会える?」。

太福さんが木馬亭に出演する日に、ご自分が出演しない日なのに来るという。「それは申し訳ないので」と何度も恐縮する太福さんを押し切る形で、木馬亭で落ち合い、近所の喫茶店で「どこの寸法を測ればいいのか」を伝えるはずだったのに、「娘さん、5歳かい。可愛いだろうね。会いたいなあ」と話が盛り上がり、結局、娘さんの採寸を祐子師匠自身がすることになったのだけれど、出来上がったセーターは・・・。太福さんの浪曲を聴いてその結果を確かめてみてください。

太福さんの浪曲は人間味に溢れている。それは太福さんの温かくて優しい人柄に起因するものだと思う。もちろん、祐子師匠の人間的な魅力がネタになっているのだけれど、それを浪曲として表現できるのは、太福さんならではの作風だからこそだと思う。代表作となった「地べたの二人」シリーズだって、金井と齋藤という歳の離れた二人のほのぼのしたやりとり、日常を描いて観客を満足させることができるのは太福さんの人柄ゆえだ。人情噺、因縁噺などドラマチックなネタが多い浪曲にあって、太福さんの新作浪曲は寧ろ「何も起こらない」時間経過に人間ドラマがあるというのが特徴で、今後もそうした唯一無二の作品を作り続けるのだと思うし、僕たちはそれを期待している。

さらにそれは新作ばかりでなく、古典にも言えることだ。玉川一門は弟子に最初に教えるのは「阿漕ケ浦」と決まっているのだが、なぜか師匠・福太郎は太福さんには「不破数右衛門の芝居見物」から稽古をつけた。不破の粗忽が実にユーモラスで、太福さんの温かい笑顔がよく似合う一席だが、それは福太郎師匠がその人柄を見抜いた上でのことなのかもしれない。

同じ粗忽もので「大石東下り 武林の粗忽」の武林も、「陸奥間違い」で訪ねる屋敷を間違える使いの下僕・伝助も憎めない人間が描かれている。連続物だと「清水次郎長伝」の石松も太福さんならではのユーモラスな温かさがある。「若き日の大浦兼武」の大浦、「阿武松緑之助」の長吉しかり。

ただいま人気急上昇の玉川太福は、その温かくて優しい人柄で、新作、古典と縦横無尽に活躍していくのだと思います。