「其礼成心中」 新作で冒険が出来るのは、素晴らしい古典があるからこそ。現代に生きる脚本家・三谷幸喜が文楽と向き合った。
パルコ劇場で「其礼成心中」を観ました。(2020・08・13)
今でこそ、文楽公演があると必ず足を運ぶようになった僕だが、国立劇場で初めてナマの文楽を観たのは2013年12月だ。当時のプログラムを調べると、演目は「大塔宮曦鎧」と「恋娘昔八丈」、それに文楽鑑賞教室で「団子売」と「菅原伝授手習鑑」寺入りの段と寺子屋の段を観ている。
で、パルコ劇場の三谷幸喜の作・演出による「其礼成心中」は初演を観たのは2012年8月。再演を13年8月に観ている。今回、実に7年ぶりに観たのだけれど、改めて、三谷先生の才能に目を見張ったわけである。
というのも、この「其礼成心中」によって、僕は文楽、人形浄瑠璃に興味を持ち、“本家本元”の文楽鑑賞の道を辿った。子どもの頃から落語には慣れ親しんでいたけれど、他の古典芸能には仕事が忙しかったこともあるが、見向きもしなかったのが、これをきっかけに文楽好きになった。三谷先生は良きガイドだったのである。これは歌舞伎でもそうで、赤坂ACTシアターで中村屋が「怪談乳房榎」を演じると聞き、「これって、落語で大好きな演目!」と思って観に行って、ハマり、以来歌舞伎座通いが始まったのとよく似ている。
そして、7年前の“本家本元”の文楽鑑賞以降、翌年には人間国宝の竹本住太夫さんの引退興行を4月に大阪、5月に東京で観ている。以来、二月、五月、九月、十二月とある東京公演は欠かさず行く熱心な文楽ファンになった。(今年の五月公演「義経千本桜」は残念ながらコロナ禍で中止になったが)
僕にどれだけの鑑賞眼がついたか、自信はないけれど、明らかに“本家本元”を観る前とは「其礼成心中」の見え方も違うだろうと思い、非常に楽しみにしていた。そして、果たして、「三谷先生はすごい!文楽ってすごい!」と思ったのである。長い歴史のある人形浄瑠璃、文楽への畏敬の念を全く棄てることなく、だけれども、現代人に広く楽しんでもらうエンターテインメントとしての「三谷文楽」を創り上げている。近松門左衛門が庶民に身近な娯楽として「曾根崎心中」を書いたように、三谷幸喜は庶民に身近な娯楽として「其礼成心中」を書いた。しかも、昔からの文楽ファンも喜ぶパロディの要素も節度をもって盛り込んで。文楽をもって、文楽を知る。お互いの相乗効果。そんな可能性を見ることができた。
物語の構成の上手さも光るので、簡単にメモを記します。
①天神の森 半兵衛、心中に水差すの段
お初と徳兵衛のカップルが心中した、いわゆる曾根崎心中が話題となり、以来、曾根崎天神ノ森には心中をしたいカップルが毎日のように訪れる。この日も、おせんと六助のカップルが。森のはずれで饅頭屋を営む半兵衛が二人を発見。止めに入る。あのスキャンダル以来、ひっきりなしに心中騒動が持ち上がり、商売あがったりになったために、パトロールしていたのだ。「美しく散る」なんて無理だと説得し、なんとか饅頭屋まで連れて帰る。
②饅頭屋夫婦 人助けの段
饅頭屋には半兵衛の女房おかつが待っている。おせんと六助のカップルがどうして心中をしようと思ったのかを、饅頭を食べさせて落ち着かせ、耳を傾ける。おせんは油屋の一人娘。六助は手代。惚れ合った仲だが、身分違いで親は許さない。それを訊き、おかつは「おせんさんは親の決めた婿をもらい、その婿を六助さんと思って抱かれなさい。六助さんは一所懸命働いて暖簾分けしてもらいなさい。そうしたら、その婿がコロッと死ぬかもしれない。そのときは、堂々と六助さんと一緒になりなさい」。おせんと六助は納得して心中を諦める。と同時に、半兵衛はおかつの身の上相談は商売になると閃く。相談料の代わりに饅頭を買ってもらう。名付けて、曾根崎饅頭や!
③繁盛曾根崎饅頭 らいばる出現の段
1個8両もする曾根崎饅頭だが、身の上相談に来るカップルはひっきりなしで、大儲け。半兵衛とおかつはこの世の春を謳歌する。ところが!近松門左衛門が心中モノの第二弾を書いてヒットしているという。「心中天網島」。曾根崎心中同様、網島で起きた心中を題材にした作品で、心中したいカップルは網島へ行くように。網島の天ぷら屋が「かき揚げ天網島」を売り出し、大儲け!曾根崎饅頭は閑古鳥。売れ残った饅頭の山が。どうする?
④大近松 半兵衛直訴の段
近松の「心中天網島」のせいで商売あがったりだ!と半兵衛は近松門左衛門のところに抗議に行く。「何が、恋の手本になりにけり、や!」といちゃもんをつけるが、「私は書きたいものを書く。それも、実際に起きた事件を書く方が受けるんだ。多少は脚色がはいるけど」とけんもほろろ。「曾根崎饅頭パート2」とか、「続・曾根崎心中」とか、書いてくれと言うと、「どうしても書いてほしいなら、わしが書きたいと思う心中を起こせ」と近松は言う。
⑤半兵衛おかつ 淀川入水の段
実は饅頭屋夫婦の娘おふくは、かき揚げ天網島に偵察に行った際に、そこの息子の政吉と恋仲になっていた。打ち明けると、半兵衛はライバルとの縁談なんて認めないと激怒。いっそ心中して一緒になるという二人に、「心中は美男美女がやるもの」「じゃぁ、心中してもう一回、饅頭が売れるようにしてくれ」とデリカシーのないことを言う。半兵衛は閃く。おかつと自分が心中して、後継はおふくたちに任せよう。覚悟を決めた饅頭屋夫婦は淀川に飛び込む。だが、もがき苦しんだあと、岸に打ち上げられ、半兵衛もおかつも命は助かる。そこに通りかかったのは、以前に心中を説得して諦めさせた六助。「一所懸命働いて、油屋を暖簾分け、その後、おせんの婿が餅を喉に詰まらせ急死。めでたく、夫婦になりました!」。御礼に貰った饅頭代金で借金は返済できる!と喜ぶ。さらに、入水の際に着物にあった饅頭、ベチョベチョだけどお腹がすいたので食べてみると、これがいける!心中に水差す、曾根崎名物水饅頭や!
2時間余りの文楽は全くダレることなく、面白く観ることができた。ちなみに床は、舞台の天井近くに設けられ、竹本千歳太夫と病気療養から復帰した豊竹呂勢太夫が、ソーシャルディスタンスを保った語りで聴かせた。文楽、万歳!三谷幸喜先生、三谷文楽第二弾を是非、書いてください!
最後に、床本の「まえがき」から、抜粋。
僕はあくまでも、現代に生きる脚本家として、文楽と向かい合い、この「其礼成心中」を書きました。(中略)新作で冒険が出来るのは、素晴らしい古典があるからこそ。そのことも忘れてはいけません。と、僕は思うのです。三谷幸喜