三遊亭白鳥×広瀬和生 同じ暮らしの繰り返しがどれだけ大切か。噺家のあれだけ重かった腰があがった。

晴れ豆TVで「代官山落語夜咄 長講メルヘンもう半分」を観ました(2020・05・27)

代官山にあるライブハウス「晴れたら空に豆まいて」で、去年からスタートした、広瀬和生さんプロデュースの「代官山落語夜咄」。第一夜:一之輔師匠「子別れ 通し」、第二夜:白鳥師匠「長講 死神ちゃん」、第三夜「立川こしら・立川吉笑リレー落語」と続き、今年3月の第四夜は兼好師匠「長講 ちきり伊勢屋」を拝聴しました。落語をたっぷりと堪能した後、広瀬和生さんと出演者との対談がまた実に興味深い内容で、兼好師匠のときは「なるほど!」と思ったところをメモして、4月6日のブログにアップしました。

このコロナ禍で、晴れ豆さんも様々な音楽やトークライブ開催が難しくなったため、無観客のオンライン配信を5月からはじめました。演芸では5月柳家喬太郎独演会、6月はこの白鳥師匠の代官山落語夜咄、玉川奈々福ほとばしる浪花節、喬太郎独演会第2弾が配信されました。奈々福さんの「ほとばしる浪花節」のインパクトも大きかったので、それについては後日改めて書くことにして、きょうは「メルヘンもう半分」と、その後の白鳥師匠×広瀬和生対談で、興味深かったことを書きます。

白鳥師匠の「メルヘンもう半分」は、まだ二ツ目だった25年前、三遊亭新潟時代に作った作品ですが、ブラッシュアップを重ね、柳家三三師匠や桃月庵白酒師匠、さらには橘家文蔵師匠までもがアレンジメントを加えて演じている名作。著作権の関係で固有名詞などはぼやかして書きますが、僕たち世代が子供時代にテレビで観ていた北欧原作のアニメーションがモチーフの新作落語。創作落語の奇才と呼ばれる白鳥師匠の真骨頂ではないでしょうか。

その作品を、たっぷりと時間をかけ演じてもらい、無観客であることを逆手にとって、音響効果や照明にも演出を加えて、さらなるパワーアップを図ったことは、この配信の功績と言ってもいいと思います。

ひょろっと背の高い三角頭巾をかぶった亭主・金蔵と、ひっつめ髪で煮染めたようなうわっぱりを着た亭主の半分位の背丈の女房・ミイ。この夫婦で経営している、永代橋のたもとにある小さな居酒屋。春が近いというのに寒い晩、水色の肌をした丸裸で小太りな男が偶然、店を訪れる。居酒屋夫婦とこの男は旧知の仲だった。

山奥の谷の村を駆け落ち同様に飛び出して江戸まで来た夫婦に、男は問う。「どうして、何も言わずにいなくなっちゃったの。僕達は友達じゃないか」。亭主は答える。「ぬくぬくとした平和な村が嫌になった。汗水たらして、金儲けして、いい服を着て、いいものを食べて、いい暮らしがしたい。世の中、全員が善人じゃないんだ」。フカフカしたベッドに安住してよしとする平和な社会と、ギラギラした人間の欲望にまみれた資本主義社会の対極というテーマが見え隠れする。

小太りな男が江戸にやってきたのも、「僕達のような平和なアニメキャラクターが世の中から忘れ去られ、消えていくのが悲しい」と、大江戸チャンネルに再放送を希望したところ、スポンサー料として100両を要求された。仕方なく、村で妖精のように愛されている相棒の女性に吉原に身を沈めてもらい、100両を都合し、今、それをテレビ局に届けようとしているところだったのだ。

一杯8文の酒を半分ずつ頼んで、「コクコク、フッー」とホットミルクのように飲む小太りな男は、三杯飲んだところで店を出た。ところが、訳ありの100両が入った風呂敷包みをその居酒屋に置き忘れてしまう。気づいて戻ったが、人間の欲望にまみれた夫婦は知らぬ存ぜぬで、挙句の果てには諦めて帰る小太りな男を後から追って鯵斬り庖丁で殺してしまう。「友達じゃないか!」という言葉を遺して、小太りな男は永代のたもとで死んだ。

居酒屋夫婦の間に赤ん坊が生まれたが、その風貌は「小太りな男」そっくり。女房はショック死。乳母に面倒を見てもらうが、次々と辞めていく。亭主が丑三つに赤ん坊を見ると、行燈の油壷から油を湯呑みに注いで「コクコク、フッー」と飲んでいる!「もう半分、くださいな」「てめえ!恨みに思って化けて出たな!」「生まれ変わったんだよ。助けてあげたくて。友達じないか・・・地獄へ道連れだぁ!」「ギャー!」

「ちょいとお前さん、起きておくれ」。女房が亭主を起こす。すべて夢だったのか!卓袱台の下には風呂敷包みに手紙が入っていた。「冬眠から目覚めたので、春風さんに運んでもらいました。江戸の暮らしはどうですか?寂しくないですか?こちらの谷は変わりなく平和です。つまらないかもしれないけれど、江戸の暮らしが辛かったら、いつでも帰ってきてくださいね」。うぅ・・・最後は泣かされてしまったよぉ。

この噺には「毎日の同じ暮らしの繰り返しが、どれだけ大切か」というメッセージがこめられている。まさに、コロナ禍で世の中が不安に晒されている現代へ向けたメッセージが。白鳥師匠が口演後の広瀬さんとの対談で「きのうと同じきょうはない」という台詞が噺の中で自然と出てきた、日常がどこへいってしまうのか?という現在にピッタリだなぁ、と改めて思ったと発言していた。御意!

その後の広瀬和生さんと白鳥師匠の対談は、コロナ禍をきっかけに、落語界の今後ということがテーマに自然となっていた。コロナ以前には「誰も夢にも思っていなかったこと」がいま、起きている。その中で、広瀬さんは「落語は“しぶとい”」という表現をされた。落語は基本、一人の芸。芝居や音楽は複数の人間が稽古を重ねて構築するが、落語はカメラに向かって喋れば配信できる。個人芸の強さを感じたと。プチ落語ブームがあって、二ツ目でも食っていける時期が最近続いていた。そういう人たちが、今、まさに試されている。この人が本当に好きで演っていたのか?を。

昔から「食っていけない商売だ」と言われ続けてきた。それが、親が仕送りして援助する世界ではないはず。かつて、談志師匠は「飢えと寒さ」を表現できるのが噺家だと言った。それが、ぬるい世界になりつつあった。白鳥師匠は女流落語家を応援する活動をしてきた。だけど、「お前は習ったことを演るだけで面白いと思っているのか?一生懸命とか、真面目だから、だけでは通用しない世界であるということをわかっていない噺家もいる」と、憤っていた。そして、彼女らを安易に応援するファンも、いかがなものかとも。

 

本当に落語を応援するということは、今、同じ配信というステージで勝負したときに、生身の人間としての噺家がむき出しになる、その時に昔の圓生師匠のようなオーラ、枝雀師匠のようなパワーが少しだけでもあるのか、ないのか、そこを見定めることが問われているのではないかと。水墨画のようなサラッとした江戸落語で勝負するもよし、研ぎ澄まされた米朝師匠のような上方落語で勝負するもよし。地方のお客様に、「この噺家さん、面白いね!」と思ってもらうチャンスでもあると。

広瀬さんも言う。「僕が落語を好きになったのは、純粋に面白かったから」。面白くない名人なんかいない。自分は「白鳥落語」の名人なんだと思ってよいのでは?志ん朝師匠が存命中は、噺家みんながああなりたい、と憧れていた。志ん朝師匠は「俺が死んだとき、古典落語は無理な時代になるかも」と危惧されていた。「義太夫」というのがわかるのか?江戸時代には当然電気はないので、灯りも提灯や行燈くらいで、外に出ると真っ暗だった。そういう情景を現代の人たちが思い浮かべることができるのか。百両と言われたときに、その価値がわかるのか、と。その中で、志ん朝師匠がおしゃっていた言葉で「臭く演らなきゃ。気取るんじゃない」という言葉はヒントになると。

配信で観るという行為。それが無味乾燥になるか、そうでなくなるかは、この配信でも工夫したように、照明などの演出で「ライブハウスならでは」でカバー、いや、ナマ落語以上に魅力的にすることができる。「落語・ザ・ムービー」を否定する落語ファンもいるが、今は今のやり方で柔軟に対応すればいい。芝居噺だって、CGを使って「鰍沢」を演出する方法だってあるわけだし。芝居噺は江戸落語の伝統のようになったが、元々は「庶民に歌舞伎が身近なもの」という共通認識があってのパロディなわけで。

だから、「メルヘンもう半分」のように、みんながよく知っているアニメやマンガの筋立てを使う手法を落語が取り入れるのだってあり。「ガラスの仮面」をバックボーンに「落語の仮面」が出来た。一之輔師匠が「堀の内」にラップを入れたりもしている。「笑わせりゃぁいいってもんじゃない」という師匠も当然いるが、じゃぁ、どうやって現代、未来の聞き手を笑えわせるか、という試行錯誤はしていかなきゃいけない。お客さんは、やっぱり、わかりやすさを求める。一之輔師匠がYouTubeをはじめたのも、落語のイメージをこれまで無縁だった人たちに知ってもらいたいということ。

その意味で、マスコミは「落語を知らなさすぎる」。広瀬さんも「最近、流行っているらしいですね?」と訊かれ、「何を今さら」と感じることがしばしばだそうだ。勉強不足。若い女の子が飛びつくとブームと呼び、渋谷に落語を聴きにいく人が増えていると知り、社会現象だと取りあげる。遅すぎる。

20世紀から21世紀にかけて志らく師匠が「全身落語家読本」で、「今、落語がダメだとするなら、それは面白くない奴が演っているから」と書いた。志ん朝師匠が亡くなっても、落語の灯が消えなかったのは、喬太郎師匠をはじめとする世代が「面白い落語」を演ったからで。志らく、談春・・・今の一之輔、三三、白酒と続く落語のトップランナーがいることは大きい。さん喬師匠と権太楼師匠が頑張り、小朝師匠が六人の会を立ち上げても、多くの人は見に行っていなかったのは残念なこと。

コロナ禍で、プチ落語バブルは弾けたと言っていいでしょうと。マスコミの「最近、落語、来てますね」、もう、知らない人たち多すぎ!でしょう。小痴楽師匠、注目されたけど、普通に普通に落語を演っているだけ。むしろ、宮治さんが掻き回す期待がある。喬太郎、談春、白鳥のような存在は、そうゴロゴロ出てこない。それは志ん朝、談志の存在と同じ。

三遊亭白鳥作「鉄砲のお熊」を、去年の「よみらくご 白鳥座へようこそ」で五街道雲助師匠が「これはすごい作品だ」と評価した上で演じ、それがまた、物凄い名演で観客が感動の渦に巻き込まれた。読売新聞(当時)の長井好弘さんも、自分でオファーしている立場なのに、「想像を圧倒的に上回る見事な高座」とおっしゃっていた。「落語の仮面」全10話の挑戦している三遊亭粋歌さん、「任侠流れの豚次伝」全10話をネタおろしして、全国ツアーまで敢行した柳家三三師匠も、白鳥作品の素晴らしさをリスペクトしているからこその取り組みである。広瀬和生さんは2011年刊行の三遊亭白鳥著「ギンギラ落語ボーイ」(論創社)を高く評価し、「近代落語の祖・三遊亭圓朝を継いでくださいよ(笑)」とも。「文七元結」も「鉄砲のお熊」も一緒なんだと。

古典と新作という分け方も難しく、益田太郎冠者・作「癇癪」、田河水泡・作「猫と金魚」、いつの時代からを古典とするか、などと悩むこと自体があまり意味がないのではないかと思う。良い作品、面白い作品は何代にもわたって語り継がれるもので、それを古典とか新作とかで括る必要があるか。噺家は名前含め、一代限りの芸でいい。噺は良い作品は何代にも継承されるべき。

新型コロナウイルスで亡くなっている方もいるので、軽々なことは言えないが、「コロナ禍で、噺家のあれだけ重かった腰をあげさせた」意味は大きい、と広瀬さん。当然、バックで支援する人ありきだけれど。人脈を使って、優秀なスタッフに支えられて、頑張ることも重要になってきた時代かもと。当然、人気のある噺家さんはできるけれども。デジタルに詳しいこしら師匠は、コロナ前から取り組んでいたが。zoom、YouTube、ほか様々な手法の長所、短所を今、この業界は噺家さんを中心に、それを支えるスタッフ含め、試行錯誤がしばららく続くと思います。

ライブを同時配信し、その動画を見るお客様と、ライブ会場に足を運ぶお客様、という選択肢ができたことは大きい。また、お客様との間で落語は作るものという考えの噺家がいる一方で、以前から客電を落として、演者が自分の芸に集中するという手法を採っている噺家もいた。無観客はけして孤独ではない。白鳥師匠などは「客席で受けないと、受けようとさらにギャグをかぶせてしまう悪い癖があったので、こういう配信だとそういうことを気にせずできる」ともおっしゃっていた。色々と考えさせられる有意義な時間をありがとうございました。