くだらなすぎて、素晴らしい! ファニーでラブリーでチャーミング 林家きく麿

道楽亭ネット寄席で「林家きく麿 二丁目の夜はふけて」を観ました(2020・06・12)。

クマのプーさんを連想される愛くるしい風貌と、親しみのある独特の語り口。特徴のある登場人物のとぼけた、でも芯を突いている会話で展開するファニーな新作落語。今、林家きく麿師匠にハマっている。

2018年暮れに新宿末廣亭の興行で真打昇進8年目で初めてのトリを任され、小林明ばりの唄をオマケに披露するサービスで、落語ファンの注目を浴びた、きく麿師匠。以前から、三遊亭天どん師匠や古今亭駒治師匠といった真打、それに三遊亭粋歌さんや三遊亭めぐろさんといった二ツ目と一緒に「せめ達磨」というユニットを組んで、定期的に新作ネタ下ろしには積極的に取り組んでいて、噺家さんの間では「きく麿師匠は面白い」という定評があったのだが、僕も守備範囲を広くする余裕がなかったので気づかなかったこと、そして、寄席という噺家のホームグラウンドで脚光を浴びたことで、演芸ファンの間にも、きく麿師匠の落語の面白さがジワジワと浸透してきたのだと思います。

木村万里さんプロデュースの「よってたかって」シリーズでも2年くらい前から顔付けされるになったり、さらには池袋芸術劇場シアターイーストで独演会が開かれるなど、これまでマニアックと思われていたものが評価され、メジャー路線にきちんと乗るようになったのだと思います。だから、ご本人は何が変わったわけでもなく、昔から同じ活動をしてきたという認識だと思うし、「きく麿らくご」に時代の方が追いついてきた、もしくは飛びついてきた言った方がいいかもしれません。

12日に聴いたのは、「だし昆布」「記憶喪失」「殴ったあと」の三席。「記憶喪失」はコロナ自粛中に作った作品だそうで、この会でのネタおろし。終演後にご本人が「ネタおろしが、一番手応えあった。出来が良かった」と言って「落語を演れるのは、楽しい!」。2年前から記憶喪失になったタケシと、そのタケシと1年前から付き合っている彼女ユカリの会話で展開する。「私があなたの過去を推理してあげる」と色々な角度から質問していくうちに、タケシは「噺家だった」、それも紛れもない「林家きく麿」だった!ということが解明される会話が実に愉快!初デートのとき、ドライブで「そこを“まっつぐ”進む」と言った。菱形のひし餅のことを「ししがたのししもち」と言う。東京生まれでしょ!

トイレにいくときに、「ハバカリに行く」と言う。星のことを雨が降る穴、おならが出そうなときに、「転失気がでそう!」。蕎麦を「たぐる」と言って、蕎麦を食べる仕草が上手い!正絹の着物は高いからな、洗うには、洗い張りと言って1回3万5千円はかかる、洗える着物は便利だけどシワができやすいと、帯源は最近値上がりしたし、羽織紐など小物も高いからと、やたら着物に詳しい。あなた、落語家でしょ!落語の団体に訊いてみる!「でも、東京には四派あるから大変だぞ」。で、「イチパンチラ、いただきました」というフレーズで、自分は林家きく麿なんだ、と記憶を回復するという…。傑作!

「だし昆布」は、米屋に「評判がいいから、もっと作って」と要望される独特の出汁。だが、炬燵に入り土鍋で丁寧に手作りしているから、あまり数が作れない。もう限界。実はこれ、河童を助けてあげた御礼にもらった左手から出る出汁。そこで、その河童にお願いしに行くが、「命の恩人の頼みは断れないが、もう左手は無理だから、このおじいちゃんの尻尾をあげる」と渡されるが…。

「殴ったあと」は、商談がまとまり、祝杯をあげるために温泉旅館に行った部長と部下。そこで住み込み働く仲居さんは、なにやら訳ありっぽい。「触れられたくない過去があるのだろう」と我慢するが、仲居さんが出自を九州大分の出身から、さも訊いてほしかったかのように明かす。それも、なぜか浪花節で!会社の金を横領して行方をくらましたパチンコ狂いの男、スナックで働いていたときに出逢った酒乱の男。そして、彼女も株投資に手を出して…。男はDVだが、「でもね、殴られた後は優しいの・・・」

僕が最初にきく麿師匠の高座に出逢ったのは、2017年8月渋谷らくご「しゃべっちゃいなよ」。新作ネタ下ろしの会だが、ここで聴いた「桃のパフェ」の味わいが、これまで聴いてきた新作落語とは全く違う、ファニーな独特の世界観で、惹かれた。10月に「よってたかって秋らくご」で「おもち」を聴き、お年寄りの「正月に餅が喉に詰まって救急車を呼ぶ」話題をきっかけに、「餅の銀幕のスター」磯辺焼きや砂糖醤油とのマッチング、さらに小豆入りのお雑煮とお汁粉の違いといった「餅あるある」をおばあちゃん同士のとぼけた会話で進行する落語で興味を持ち始める。

18年は「おもち」に4回めぐり逢い、最適な子守唄の議論が盛り上がる「寝かしつけ」、総入れ歯にしたおばあちゃんが財閥の会長に見初められる(?)「歯ンデレラ」、微妙な超能力で困った人の悩みを解決する五人組「特別エスパー浪漫組」、立ち食い蕎麦屋全国制覇に命をかけた若者たちの熱い青春「暴そば族」などにハマる。

19年、撤去自転車保管所で繰り広げられる哀切の人生劇場「撤去します」、社会人になっても不良時代の上下関係を引きづってしまう「二つ上の先輩」、場末のスナック人間模様、「恋のオーライ坂道発進」まで作詞作曲した「スナックヒヤシンス」、まずい料理を傷つけない表現としてのアイロニーをこめながら愉しく展開する「優しい味」、とさらにハマる。

そして、今年は「金明竹」の博多弁版というだけにとどまらず、九州6県の名産を少々の毒をこめた言い立てにして、さらに佐賀県をデスってる「珍宝軒」、Vシネマの世界に憧れた小学生の間でおこった1組と2組の抗争をユーモラスに描く「首領が行く!」。ますますハマる。まだまだ、代表作「パンチラ倶楽部」や「ロボット長短」に出逢えていないのが悔しい!・・・と言った具合だ。

このブログでは5月10日に、YouTube「娯楽百貨寄席」で公開された「くびまろ落語」を紹介し、「寝かしつけ」「首領(ドン)が行く!」「歯ンデレラ」「陳宝軒」の面白さに触れたが、この先ますます、僕のような「きく麿中毒患者」が出ることは必至だと思います。寄席が再開して、6月上席末廣亭で「首領が行く!」を、中席浅草演芸ホールで「歯ンデレラ」を、ナマで聴きましたが、最高!6月30日には池袋の芸術劇場シアターイーストで独演会があります。こちらも楽しみ!