柳家わさび 持ち前の個性を見事に生かす わさび落語の魅力は新作にも、古典にも
わさびのチューブで「月刊少年ワサビ第134号」(2020・5・28)、紙人形芝居の第三期5作品を観ました。
何はともあれ、YouTube「わさびのチューブ」のチャンネル登録者数1000人突破、おめでとうございます!
第134号の三題噺最新作「ミクロマリスト」(そそる、ビニールシート、断捨離)、面白かったです。5年前に、僕が佐々木典士著「ぼくたちに、もうモノは必要ない。断捨離からミニマリストへ」という本を読んだときに、物欲ほか欲望過多な僕にとって、この考え方は斬新だ!と思って、“ミニマリスト”をテーマにした特集を提案したときに、「コンマリでブームになった断捨離、それのネーミングを変えただけだろう?どこが面白いの?」と、その本も読まずに一蹴されて悔しい思いをした過去を思い出しました。今や、ミニマリストを名乗ってシンプルな生き方をする若者が増え、それは「断捨離」とは全く違うということ、そのときの上司はまだ気づいていないのかもしれない。いや、覚えていないでしょう。その思想をさらにデフォルメした今回のわさび師匠の作品には、敬意を表します。
究極の無駄を排するアパート経営者に、「欲望がない」ことを認められた主人公は、8000円で2畳一間を借りることができた。同じアパートには、自分よりももっと上をいく1畳の住人、半畳の住人、さらに廊下に置かれた鞄の中の住人が。引越しの挨拶をすると、彼らは無駄を排し、欲望を捨てた猛者たちであることがわかる。だけど、1本のビニール傘とか、1本の箒とか、大切にしているものがある。これが真のこだわりではないかな。アパート経営者がこのこだわりのアパート維持のために、6畳間の部屋を作り、夫婦に住まわせたが・・・「断捨離」の本当の意味がわかっていないためにパニックに!
そして、「月刊少年ワサビ」第135号のお題は、「未来人」「伝言ゲーム」「ペナント」に決まりました。この三題噺は、緊急事態宣言が解除されたために、「月ワサ」の本拠地であるらくごカフェで6月28日に開催されますが、ソーシャルディスタンスなどの観点から30人の定員制限があるため、予約は開始後、瞬く間に埋まってしまい、僕も参加することができません。わさび師匠のことですから、きっとYouTubeなどで後日、その成果を見せてくれるのでは、と期待しています!
さて、「紙人形芝居」も、このブログの4月20日に、第二期まで10作品をご紹介しましたが、わさび師匠は精力的に制作、配信を続けられ、現在、第四期1作品目がアップしています。第三期の5作品も、すべて粒ぞろいで、面白いので、ちょっとだけ紹介しますね。
「鹿野球」(走馬灯、大腿二頭筋、お鹿さま)
春日大社の守り神・武甕槌命が60年に一度、一頭の鹿にだけ人間にしてあげることができるとき、多くの鹿がそれを望んだが、その中から勇敢そうな鹿が選ばれた。その牡鹿は大腿二頭筋が異常に発達し、100メートルを2秒で走れる能力を生かし、プロ野球選手試験を受ける。見事合格したが、バッティングはまるでダメなので、盗塁専用の選手に。「人間らしくならなくては」と二足歩行をしていたが、死球を受けて、鹿時代の修学旅行生の敵意が走馬灯のように蘇り、闘争心が湧きおこる。そして一塁に出塁した牡鹿は監督の指示を無視して、ホームスチール!さて、試合の結果は!?
「ゴバァッ!!!」(成りゆき、居酒屋、流れるプール)
近所の水道工事で営業がままならない、大将と女将さんで経営する小さな居酒屋に常連客のシゲさんがやってきた。大将の粗忽でキュウリの漬物を排水口に流してしまうと、近所の遊園地の流れるプールのジェット水流にキュウリが流れ着き、小学生たちは「この向こうには河童の国がある!」と大騒ぎ。今度は女将さんの粗忽で結婚指輪を流してしまったことで、その流れるプールにいた恋人の恋愛が急速にプロポーズに発展するという夏のファンタジー&ミステリー!
「NH系」(百人一首、手話、セクスィー部長)
NHKの集金人が来ても、「テレビがないから」と断るおばあちゃん。「受信料は義務だから払わないと犯罪になる」と説明する集金人だが、徐々に態度が強硬になる。途中、「ガッテン」「サラリーマンNEO」「NHK俳句」「手話ニュース」などの番組名がおばあちゃんの口から飛び出すと、「ババア、殺すぞ!」と恐喝する。そこへ警察官がやってきて、偽物の集金人であることが判明。おばあちゃんはボイスレコーダーで恐喝の証拠を示し、あえなく逮捕。実はおばあちゃんは受信料は以前からきちんと払っていた…その理由は?
「鉄の亡者」(ゲゲゲの鬼太郎、電車ヲタク、レバ刺し)
地獄では血の池が足りなくて、鬼の献血でまかなっている状態。三途の川で働く奪衣婆も献血のしすぎで倒れてしまった。移動手段は舟から電車に切り替えられた。亡者を裁く閻魔大王のところには、パワハラや嘘つきに混じって、鉄道ヲタクが。趣味に没頭しすぎて家族を蔑にした罪。余部鉄橋をわたる「はまかぜ1号」を撮影途中に落下して死んでしまったという。この撮り鉄さん、移動手段が「くりはら田園鉄道線」(通称・くりでん、赤字経営で93年三セク化、07年廃線)の真っ赤なボディの車輛であることに大興奮!自らスイッチバック運転をして、針の山からご臨終に、そして生還し、家族孝行するハートウォーミングストーリー!
「代ドル」(スター気取り☆、メリーゴーランド、ツイッター)
人気アイドルのこずえ(愛称・こずえにゃん)が失踪。慌てた弱小事務所は、翌日に予定されていたメリーゴーランドでのコスプレ写真撮影会を中止せずに、なんとか乗り切ろうとする。マネージャーがこずえに扮装し、魔法少女マーちゃんの仮面をかぶり、こずえが自分のアカウントで毎日2回していたツイートも社長が代行することに。だが、社長は自分のアカウントでこずえっぽいツイートをし、こずえアカウントで自分のツイートをするという粗忽をしてしまい、ファンに怪しまれる。さらに、メリーゴーランドに乗るこずえがホンモノではないのではと疑惑が膨れ上がり、超高速回転でしのごうとするが…アイドルイベント大パニック騒動記!
この2か月余りのコロナ禍で、わさび師匠もYouTubeで相当頑張り続けてきた。「月ワサ」の三題噺創作は、その創作過程含め、視聴者参加型にするなど、デジタル時代に即応したやり方をして素晴らしい活躍と尊敬申し上げたいです。
と同時に、6月1日からはステップ2という形で、一部寄席が再開しました。浅草演芸ホール、新宿末廣亭が100人という定員数の制限を設け、アルコール消毒、マスク着用義務、換気の励行など様々な配慮をして興行がはじまっています。そして、浅草演芸ホール6月中席(11日~20日)の夜の部のトリは、柳家わさび師匠。真打昇進後、初めて主任を務めます。僕も何回か行きたいと思っています。
自粛期間中はYouTubeでの活躍で「新作」のイメージが強くなったわさび師匠ですが、古典も素晴らしいです。「月ワサ」でネタおろしした「四人癖」や「洒落番頭」といった珍しいネタをお持ちですし、今年2月の「わさびの診察室」の「明烏」も魅力的でした。去年秋の真打昇進披露では大初日に聴いた「紺屋高尾」は久蔵がわさび師匠に投影され、隣の妻が泣いていました。国立演芸場の「井戸の茶碗」、月ワサでの「三井の大黒」といった大ネタも印象に残っています。古典ではありませんが、師匠・さん生さんが作られた「亀田鵬斎」も、5月の渋谷らくごの無観客配信で拝聴し、これも素晴らしい高座でした。
浅草演芸ホールでのトリは古典と新作どちらになるのか、10日間、毎日行きたいくらいですが、まだまだコロナに揺り戻しなどあるやもしれず、能天気に浮かれてはいけないということもあるので、ホドをわきまえて、何日か通おうと考えています。でも、楽しみです。最後に、週刊ポストで広瀬和生さんが連載している「落語の目利き」の第90回からの抜粋で締めたいと思います。
かつて立川談志は「現代において『明烏』は、経験のない男性の女性に対する性的な恐怖心をテーマにして演じれば共感を得られる」と語ったが、7月20日(19年)の「関内寄席ねくすと」のトリでわさびが高座に掛けた『明烏』を聴いて、「談志が言ったのはこれだ!」と僕は思った。
わさびの演じる時次郎は純真で、実に可愛い。ただ性的な経験がないため「女性と接するのが怖い」のである。「堅物」と言うよりむしろ「草食系男子」だ。だからこそ肉食系な源兵衛と太助に「性交渉の場」に連れて来られてパニックに陥る。わさび自身の草食系なキャラが、そんな時次郎にピッタリ重なって実にリアルだ。(中略)
そこに真新しいギャグは一切必要ない。真正面から取り組んで、素直に「『明烏』ってこんなに面白い噺だったのか!」と思わせてくれた。まさに目からウロコ。これはもう「わさび十八番」と言ってもいいのではないか。新真打わさびの大いなる飛躍を確信させる。素敵な『明烏』だった。以上、抜粋。
まさに僕が真打昇進大初日の「紺屋高尾」で感じたこととを、広瀬和生さんが「明烏」を例に、巧みな文章で表現して頂き、思わず膝を打ちました。まさに、これが柳家わさび師匠の魅力なんですよね。11日からの浅草演芸ホール、楽しみです。