NHK特集 九州場所 千代の富士の15日間(昭和63年放送)

NHK総合で「時をかけるテレビ」を観ました。昭和63年放送の「NHK特集 九州場所 千代の富士の15日間」を取り上げていた。

僕が相撲を好きになったのは小学4年生(昭和49年)頃だ。千代の富士は昭和50年秋場所新入幕だが大きく負け越し、その後一旦幕下まで番付を下げ、再入幕は53年初場所と時間がかかっている。夏場所に9勝を挙げ、初の敢闘賞を受賞し、名古屋場所で小結に昇進したが、当時は強引な投げ技を得意とする力士という印象だった。

この番組の中でも紹介していたが、取り口が大きく変わったのは、54年春場所の播竜山戦で右肩を脱臼してからだ。それまでは左肩を脱臼する癖があったが、今度は利き腕の右。これをきっかけにウエイトトレーニングを熱心にやって、筋肉で「肩に鎧をかぶせる」ことに成功、左前みつを取って鋭く攻める相撲で成績を上げていった。

さて、昭和63年九州場所である。夏場所七日目、花乃湖に勝って以降、二度の全勝優勝を挟んで39連勝で九州に乗り込んだ。目指すは双葉山の69連勝に続く大鵬の45連勝である。ましてや、九州場所はこれまで7連覇を果たしている縁起の良い場所。マスコミ各社だけでなく、国民がその記録更新に注目した。その15日間にNHKのカメラが密着取材できたことは素晴らしい。

千代の富士は33歳であった。幕内最年長。大鵬が45連勝を記録したのは、昭和43年から44年にかけて、28歳の円熟期である。当然、自分の年齢を意識すると千代の富士は語った。だが、「気持ちは5歳くらい若いつもりでいる」と。そして、巧さ、速さで若い力士をしのぐ。

初日の相手は新小結の安芸乃島。がっぷり四つとなり、ちょっとヒヤッとする場面もあったが、最終的に寄り切った。二日目琴富士は初顔合わせだ。ひっかけで辛勝。三日目は琴ヶ梅。名古屋場所では物言いのつく相撲で勝ちを拾った相手だ。何とか出足を止めて、送り出した。千代の富士自身の採点では、いずれも50点以下の相撲。兎に角、得意の左上手が取れていない。

五日目の若瀬川戦でついに左上手を取って上手投げで勝利。実況アナウンサーは「ウルフスペシャルが出ました」と叫び、本人も「自分の相撲が取れた」とコメントした。

六日目、この日に勝てば大鵬に並ぶ45連勝。大鵬が記録した昭和44年、千代の富士はまだ中学生だった。支度部屋ではいつもの通り、中入り5番後から四股を踏み始める。相手は前頭3枚目の陣岳。鮮やかな上手出し投げで、白星を掴んだ。

大鵬の連勝がストップしたのは昭和44年春場所、戸田(のちの羽黒岩)との一戦。実はこの一番は後に「世紀の大誤審」と呼ばれる相撲で、勝負審判の目以外にビデオ判定が取り入れられるきっかけとなったのだが、そのことについては番組では触れられていない。

七日目。今度は大鵬の連勝記録を塗り替える46連勝がかかる。相撲協会役員室では、二子山理事長(元若乃花)、春日野理事(元栃錦)、出羽海理事(元佐田の山)、時津風理事(元豊山)らがテレビ中継を息を飲んで見守っている。そして、千代の富士は花乃国を吊り出し、連勝記録単独2位(当時)となった。二子山理事長のコメントが興味深い。「この千代の富士を誰が倒すのか。俺も若返って、一回取ってみたいな」。

師匠の九重親方(元北の富士)は十両の審判を終えて宿舎に戻り、一人でテレビ観戦していた。記録更新が決まると、「きのうより自分の相撲を楽に取っていた」。そして、「明日の逆鉾が要注意だな」。

ところで、69連勝という未だに破られていない双葉山の記録は昭和11年から14年にかけて作られた。当時は年2場所制で、3年間負けなしという記録。昭和14年春場所四日目に初顔合わせの新鋭・安藝ノ海の外掛けで敗れた一番は語り草である。後に安藝ノ海は横綱に昇進したが、対双葉山にはこの1勝のみで9敗している。

八日目。関脇・逆鉾に連勝ストップの期待がかかった。逆鉾は一瞬得意の両差しとなり攻めるも、逆に千代の富士が吊り出して勝利する。横綱の相撲勘の冴えた一番だった。その後、両国、太寿山、小錦、朝潮、北天佑を相手に勝ち進む千代の富士。序盤戦の緊張感が嘘のように、日増しに本来の強さを取り戻す。中でも230キロの巨漢、小錦の突き押しをもろともせずに左前みつからの上手投げで決めた一番は豪快だ。そして、十四日目に旭富士を倒して53連勝。九州場所8連覇、26回目の優勝を決めた。

そして迎えた千秋楽。横綱・大乃国との一戦。ここまで10勝4敗と調子の出ない大乃国だったが、同じ横綱の意地を見せた。千代の富士に両差しになられながらも、かんぬきに極めて前に出て、寄り倒したのだ。ウルフの連勝は53で止まった。

千代の富士の表情は意外に明るかった。「しょうがない。勝負は勝ってばかりじゃない。一から出直し。来場所からも負けないように頑張る」。

平成3年夏場所に引退するまで、さらに5回の優勝を果たし、通算31回。通算1045勝を挙げ、国民栄誉賞にも輝いた。その後、白鵬が63連勝を記録し、優勝回数も45と伸ばしたが、双葉山、大鵬、北の湖、そして千代の富士と続く昭和の大横綱の系譜は後世まで語り継がれることだろう。その意味で、昭和63年九州場所の千代の富士に密着した15日間のドキュメントは非常に貴重なアーカイブである。