柳家わさび、175センチ、53キロ。線は細そうだが、芯は太い!
一ツ橋ホールで「これから真打ちに昇進する柳家わさびのパーティーがわりの規模大きめの落語会」を観た。(2019・09・06)
柳家わさびという才能に惚れた。9月下席から真打に昇進するが、それはあくまで序列社会において順番が回ってきただけの話で、彼の能力を採点するならば、少なく見積もっても3年前には真打になってしかるべき噺家である。4人同時昇進だが、他の3人よりも大きく抜きんでているのは誰の目にも明らかだ。
2011年に映画「落語物語」で、気弱な少年が落語家の門を叩き、前座修行を積んでいくドラマの主人公に抜擢されたとき、正直、僕はまだわさびさんの芸について、「線が細くて、自信がないのかな」くらいにしか思っていなかった。よく、前座さんは大きな声でハッキリと!とか、元気さえあればよい、芸はその次とか、言われるけれど。そういう意味では真逆をいくタイプだった。
今だからこそ言えるのだが、その一見頼りなさそうに見えることが実は武器となり、内に秘めたハングリー精神と研究熱心で勉強家、ボーッとしているようで頭の回転は物凄く速くて、緻密な計算の基に演じる「わさび落語」はどんどん自信をつけて信頼を獲得し、着実にファンを増やしている。特に女性ファン。それが証拠に、毎月、らくごカフェで開催している勉強会「月刊少年ワサビ」では、終演後に女性客から大量のプレゼントをもらっている光景を目にする。
その基礎が、その勉強会で毎回続けてきた三題噺の創作。前の月にお客様からもらったお題を無作為に3つ選び、それで翌月までに噺をこしらえてくる。これを10年以上続け、8月30日の会が125回だった。らくごカフェの50人にこだわり続けて、今は毎回前売り完売。今回の「パーティーがわりの会」も、らくごカフェがバックアップして、800人のホールを9割方埋めた。
わさびは、三題噺と取組むにあたって、古典落語はもちろん、ショートショートやミニドラマなどを研究し、ストーリーがどのような展開で構成されているかを分析した。それは、結局、起承転結、四コマ漫画に帰結するのだが、独自のチャート表には9つの項目があって、それらを3つのお題についてそれぞれ書き込み、創作している。初期設定、追い打ち、目的、アンチテーゼ、ためしぎり、本番、ミスリード、不思議、サゲ。緻密な計算を毎回しているのだ。
その才能はテレビメディアでも当然、起用され、「BS笑点」若手大喜利メンバー、落語ディーパー、にほんごであそぼ、などに現在、レギュラー出演。中でも「ourSPORTS」という5分のミニ番組は、テレビなのに100コマの静止画で様々なスポーツの基礎知識を「ざっくり」紹介するもので、そのユーモア溢れる演出は、公式YouTubeにもアップされ、人気番組に!
そういうわけで、いま、俄然注目されたのではない、あくまでも真打は通過点に過ぎない、わさびさんのこの「パーティーがわりの会」は彼のこだわり満載で、一万円というチケット代はけして高くないことを証明した。真打昇進の三点セットが配られるのだが、扇子は大師匠・小満んが真打昇進時に配ったのと同じ、通常の高座扇より骨の数が少ない小振りの特殊なもの。手ぬぐいは、わさびとあばれ熨斗を組み合わせ、おめでたいとされる「七・五・三」の法則に沿って自らデザイン(さすが日芸油絵学科!)。口上書きには、人気ミニ番組に毎回シャレで登場する増田明美さんも文章を寄せている。「パーティーだと、3万円はご祝儀をもっていかなきゃいけないでしょ?皆さんにそういうご負担をかけたくなかった」と本人談。
一番太鼓を、爆風スランプのファンキー末吉さんがドラムで演奏!
「ourSPORTS」のパロディで、100コマ、5分でざっくり柳家わさびの基礎知識を紹介する映像上映。
開口一番は一之輔師匠。日芸落研の2年先輩。映像で出てきた落研時代の自分の写真について、「あれはパンダ漫談をやったときのですね。あんなもの、持ち出してきて!」と散々に後輩を毒づいて、「鈴ヶ森」。
その後は、大師匠・小満んが「目黒のさんま」を粋に。
トーク。シークレットだったはずなのに、「俺はシークレットゲストなんだよな」とラジオ番組で喋っちゃったために、シークレットでなくなった高田文夫先生とわさびの対談。日芸の大先輩を前に終始、緊張しまくりでオドオドしているわさびに、どんどんユーモア溢れるツッコミでガンガン笑いをとる高田先生。この組み合わせ、最高だ。後ろ幕はわさびの親戚が日本画家で。その人にお願いしたそうで、普通の派手な後ろ幕とは一線を画すわさびらしい、名前すら書かれていない渋い美術作品とも言えるもので、だけどうまく説明できないわさびに、「これ、小痴楽でも使えるな!」「うっすらと松之丞、伯山襲名って書いてあるぞ」と突っ込む高田先生、絶好調。飛び入りで、松村邦洋がものまねで祝辞。
中入り
口上 一之輔(司会)、ファンキー末吉、わさび、さん生、小満ん
一之輔節炸裂。高田先生との対談で「わさびは昇進まで16年かかったけど、一之輔は13年」と触れられたことについて、「訂正しておきます!俺は11年だぞ、お前とはレベルが違う!」。それを受けて、小満ん師匠が「桃栗3年、柿8年、わさびはかかって16年、末永くよろしくお願いします」。
師匠・さん生「親子酒」
自分の真打昇進は10人同時だった。亡くなった喜多八、一番後輩には抜擢で今の会長の市馬がいたそう。打ち上げが毎日大変だった。こん平師匠も、馬風師匠も、いまよりずっと元気で、新真打の高座が終わるのを嬉しそうに楽屋で待機していたそう。
柳家わさび「臨死の常連」
三題噺からできた噺。「紅葉仮狩り」「立ち合い出産」「地獄の門」の三題。そこから、臨死体験を初期設定するセンスとリサーチ力。そして、これが「命の尊厳」がそこはかとなくテーマにあり、感動する。エンディングで出演者が勢揃いしたときに、「おめでたい席に死の話なんて・・・俺も松村も臨死体験しているんだ。三途の川を渡りそうになったんだぞ!」と、高田先生のシャレの効いたツッコミ。でもね、寄席の披露目でも、是非かけてほしい名作だと思います。
内弟子を3年半も経験して培った礼儀正しい、わさび。
一見気弱そうに見えるが、しっかりとした実力と人気と誇りを持つ、わさび。
爆笑問題に憧れて日芸に入学し、一之輔となる川上先輩と出会ったことで、落語の道を選んだことに間違いはなかった。
これから、ますます実力と自信をつけて、チケットの獲れない人気落語家の仲間入りをする日も遠くない。
身長175センチ、体重53キロの細い身体からは想像もつかない骨太の落語家に成長していくのを見守っていきたい。