柳家喬太郎独演会「牡丹燈籠 お札はがし」、そしてスーパー歌舞伎「もののけ姫」

柳家喬太郎独演会に行きました。「抜けガヴァドン」と「牡丹燈籠 お札はがし」の二席。開口一番は立川笑王丸さんで「牛ほめ」、ゲストはウクレレ漫談のウクレレえいじ先生だった。

「お札はがし」。怪談としてではなく、萩原新三郎とお露の悲恋物語として捉えると興味深い。山本志丈が新三郎と亀戸の臥龍梅を観た帰りに柳島の寮にいるお露と引き合わせたことで、二人は一目惚れをしてしまった。お露が飯島平左衛門の一人娘という遠慮もあってか、新三郎は「いつかまたお会いしましょう」という約束を実行に移すことを躊躇した。それゆえに、お露は恋い焦がれ死にをしてしまった。

それを気の毒に思った新三郎は勝手に位牌を拵え、菩提を弔う毎日を過ごしていると、ある夜、カランコロンとお露が牡丹燈籠を持った女中のお米を伴って訪ねてくる。「堅固でおられたのか」。嬉しく思った新三郎はお露を家に招き入れ、積もる話をして、やがて男女の仲になる。そして、お露は毎晩、新三郎の許を通うようになる。

だが、それはお露の幽霊だった。後見役の人相見、白翁堂勇斎がこれを見抜き、「抱いてわからぬか」と問うが、新三郎は「あんなに温かくて、柔らかい幽霊はいない」と抗弁する。恋は盲目というが、恋した相手が幽霊でもそういうことはあるのだろう。

谷中の新幡随院の良石和尚の導きで、新三郎はようやく気付く。墓地で見つけた真新しい角塔婆には「俗名露」「俗名米」と書かれており、あの牡丹燈籠が掛けられていた。恨めしいという感情はなんとでもなるが、恋しい、愛しいという感情は拭うことが難しい。最後には命を奪われる。それを逃れるために、新三郎は良石和尚からお札を貰って家中に貼り、海音如来の仏像を肌身離さず持ち、教えられた経文を唱えるようにした。

カランコロンと訪ねてきたお露とお米。「どうしたことでしょう。萩原様はお心変わりをされたようです。終わった縁と諦め、綺麗なところへ参りましょう」と言うお米に、お露は「嫌、嫌、新三郎様にお会いしたい」。このお露の執着心が恋慕う新三郎の不幸を呼ぶというのが皮肉である。

新三郎の下男・下女をしている伴蔵とお峰の夫婦にお米は頼みこみ、百両という大金を払うことで、お札を剥がし、海音如来の像を土人形と入れ替えさせる。伴蔵とお峰も新三郎を裏切ることはしたくなかったが、幽霊は怖い。背に腹は代えられぬ苦渋の選択だった。

お米とお露はニッコリと顔を見合わせる。「お嬢様、今宵は萩原様に存分にお恨み申しあそばせ」「新三郎様に会えるのね」。

翌朝、白翁堂勇斎が新三郎の家の中を開けると、痩せ細った新三郎が虚空を掴むように無念の形相で倒れており、それを二体に白骨が取り囲んでいたという…。黄泉の国で、新三郎とお露は幸せに仲良く暮らしているのだろうか。

スーパー歌舞伎「もののけ姫」を観ました。

1997年に公開された宮崎駿監督の長編アニメーション映画の歌舞伎化である。この映画は興行収入193億円、当時の日本で過去最高を記録して、社会現象とも言われるほどの大ブームを巻き起こした。日本アカデミー賞最優秀作品賞など多数の賞を受賞、宮崎駿とスタジオジブリの名は海外にも知れ渡るきっかけとなった。宮崎駿監督は映画の企画書にこう記しているそうだ。

少女は、最後に少年にいうだろう。「アシタカは好きだ。でも人間を許すことはできない」と。少年は微笑みながら言うはずだ。「それでもいい。私と共に生きてくれ」と。そういう映画を作りたいのである。以上、抜粋。

演出の横内謙介氏は今回のテーマは「ともに生きよう」だとしている。サンを演じる中村壱太郎丈も筋書の中でこう語っている。「“生きろ、そなたは美しい”とアシタカがサンに言うシーンも印象的です。お稽古初日、團子君がその台詞を発した時、一本の矢で射られたような感覚になりました」。

映画公開から29年。スタジオジブリの依田謙一社長は筋書の「ご挨拶」の中で、こう書いている。

最近、よく言われるのが「今の時代だからこそ『もののけ姫』が求められている」という言葉です。そこには様々な意味が込められていると思いますが、世界や人間にとって“解決が難しい”と感じられる深刻な問題が現在進行形で横たわっているという裏返しかもしれません。以上、抜粋。

三世市川猿之助(二世猿翁)が開拓していったスーパー歌舞伎は、今年で40年になる。日本アニメーション映画の金字塔と、伝統と革新を繰り返してきたエンターテインメント、この二つの融合であるスーパー歌舞伎「もののけ姫」が今ここに誕生したのは歴史の必然かもしれない。