新宿末廣亭七月下席 神田松鯉「小幡小平次」

新宿末廣亭七月下席夜の部九日目に行きました。今席は神田松鯉先生が主任を勤める怪談興行。①②乳房榎③④雨夜の裏田圃⑤⑥お岩誕生⑦⑧番町皿屋敷⑨⑩小幡小平次。きょうは「小幡小平次」だった。
「元犬」柳亭いっち/「野狐三次 木っ端売り」神田松麻呂/奇術 小泉ポロン/「加賀の千代」雷門五郎/「山内一豊 出世の馬揃え」神田鯉栄/ものまね 江戸家まねき猫/「真田小僧」柳亭小痴楽/「色問答」三遊亭遊吉/漫談 ねづっち/「徂徠豆腐」神田伯山/中入り/「石川五右エ門の法事」坂本頼光/「天野屋利兵衛 雪江茶入れ」神田阿久鯉/「お血脈」桂文治/曲芸 ボンボンブラザース/「小幡小平次」神田松鯉
松鯉先生の「小幡小平次」。初代市川團十郎を刺殺し、死罪となった生島半六の女房おちかは囃子方の太九郎と役者の小平次を両天秤にかけ、給金の良い小平次を夫として迎えるが、太九郎とも関係を持ち続ける。芝居の世界の関係者がこぞって付き合いを断った中、太九郎と小平次だけが優しくしてくれたことを恩義に感じた上で、食べていくための苦渋の選択だったのかもしれない。
だが、小平次は二代目團十郎から「仇の女房と夫婦になるような奴には俺の芝居には出るな」と引導を渡されてしまう。そこで、小平次は旅廻りの一座を組んで、巡業で稼ぐことにした。すると、小平次の留守をいいことに、おちかと太九郎は夫婦気取りの暮らしを始める。おちかには半六との間に出来た七歳の息子、半之助がいるが、おちかはそういうところには頓着しない女なのだろう。その上、小平次からは毎月きちんきちんと仕送りがあるという。このあたりから、僕はおちかに対する同情の気持ちが薄れてくる。
小平次の巡業は大変に盛況なようで、やがて太九郎に手伝ってほしいという手紙が届く。このときのおちかの対応で、完全に「恐ろしい女」という印象を強めた。「行っておやりよ。その代わり、覚悟して行くんだよ。あの人を殺して本当の夫婦になろう」。小平次は名題に昇進したときの準備金として、百両を貯金しており、それをおちかに預けているのだという。その金を自分のモノにしてしまおうと、太九郎に小平次殺害をけしかけるという…。とんでもない女だ。
太九郎が奥州の郡山に到着すると、小平次一座の舞台を連日大入り満員の盛況。だが、秋の収穫の時期に入ると、客足が途絶え、「鳥屋(とや)にいる」、つまりは暇を持て余すようになった。そこで、太九郎は小平次を釣りに誘い、安積沼に行って、貸し舟を漕いだ。面白いように魚が釣れて喜んでいるうちに、夕景となる。太九郎は犯行に及ぶ。小平次を後ろから突いて沼に落とし、必死に舟の縁を掴む手を櫂で打ち据え、ついには小平次を深い沼の底に沈めてしまった。「やれと言ったのはおちかだ!恨むなら、おちかを恨め!」。
10日後。江戸へ戻った太九郎はおちか宅へ。すると、息子の半之助が「今、帰ったのかい?お父っつぁんも帰って来たよ」。「お父っつぁん?」「小平次お父っつぁんに決まっているじゃないか。疲れて、奥で寝ているよ」。続いて、おちかが出てきて、「情けない。おめおめと帰ってきたのかい。小平次さんは奥に寝ているよ」。だが、よく見ると、奥に小平次の姿はなかった。「さっきまで、ここで寝ていたんだよ…」。すると、部屋の隅にぼんやりと小平次の姿が現れた。「許してくれ!俺が悪かった!」と叫ぶ太九郎。さて、恐ろしき執念じゃなあ。
沼に沈めたはずの小平次が江戸に帰ってきて、幽霊として出てくる怪談としての恐ろしさはあるけれども、僕はそれ以上におちかという女の冷酷で残忍な部分の方がもっと怖いと思った。

