【BS1スペシャル】仲代達矢 命と向き合う

NHK総合で「BS1スペシャル 仲代達矢 命と向き合う」を観ました。
2025年11月8日、俳優の仲代達矢が亡くなった。享年九十二。この番組は2017年、仲代が84歳のときに取材・製作されたものだが、追悼の意味をこめて総合テレビで再放送されたものを僕は拝見した。
取材班は1988年に上演された仲代主宰の無名塾の公演「肝っ玉おっ母と子供たち」を再演する仲代と無名塾の生徒たちを追いかけている。この芝居は96年に亡くなった仲代の妻で演出家の宮崎恭子が大切にしていた演目であり、彼女と仲代が共通して追い求めてきた「人間とは何か」がテーマとなっている。
ヨーロッパを舞台にした反戦劇だ。戦争が人間を愚かなものに変えてしまう怖さを表現している。おっ母の長男アイリフは母の反対を押し切って兵隊となり、戦場へ行く。百姓を殺して食糧を手に入れ、上官に褒め称えられる。しかし、平和が訪れた後、再び百姓を殺したアイリフは罪に問われる。「百姓から略奪して何が勇敢だ」と責められても、アイリフは「前と同じことをやっただけなのに」と罪の重さを理解できない。そして、処刑される。
仲代は12歳で東京大空襲を経験した。一億玉砕の価値観が、終戦で180度転換してしまった。仲代はこのとき、「戦争によって露わになる人間の本質」を知ったという。戦争、そして命に徹底的に向き合い、「人間とは何か」を追求する。その答えがわからないから、追求し続ける。人間の生きる姿を通して、人間の生き様、人間そのものを描くのだという。
1959年から全5部作で製作された映画「人間の條件」で仲代は主人公を演じた。26歳のときである。これが役者として戦争に向き合うきっかけになった。太平洋戦争下の満州で中国人捕虜を監督する任務についた男は、日本軍によって処刑されることになった捕虜を見殺しにするのか、それとも自らの信念で助けるのか。決断を迫られ苦悩する姿を演じた。
2017年の「肝っ玉おっ母と子供たち」の公演は石川県の能登演劇堂からスタートする。1995年に仲代が監修して建てられたホールだ。仲代夫妻がイギリスを訪れたとき、大自然の中に壮大な舞台が作られたミメックシアターを見て、いつかこのような演劇の舞台を作りたいという長年の夢が実現した。無名塾の合宿も能登で行っている。仲代は能登について「平和、素朴、人情、そういう空気が流れている。ふるさとですね」とインタビューに答えている。
55歳で演じた役を85歳が演じることに、感慨を覚えながらも、体力との勝負は厳しいものだった。持病の喘息のため、酸素ボンベの吸入は欠かせない。足が攣る。腰痛で鍼治療も。まさに体力の限界への挑戦であった。だが、決して手を抜くことはしない。全ての台詞を書いた紙を稽古場に貼り出し、体に沁みこませる。無名塾の生徒が帰った後、独り残って、時には深夜におよぶ稽古を重ねた。「役者人生を賭けて戦う」と言う。
舞台が幕を開くと、全身全霊をかけた演技。3時間の芝居が終わると、楽屋に崩れ落ちるように座り込む姿が印象的だ。ぶっ倒れるまで、一生懸命。平和の尊さを訴え続けて死にたいという言葉が胸を打った。
2025年6月、「肝っ玉おっ母と子供たち」が能登半島地震復興公演として、能登演劇堂で上演された。そして、その年の11月。仲代はこの世を去った。まさに「命と向き合う」役者人生ではなかったろうか。

