柳家三三独演会「ねずみ」、そして俺のコワカレ 春風亭一之輔「子別れたまま」

柳家三三独演会に行きました。「道灌」「元犬」「ねずみ」の三席。開口一番は柳家しろ八さんで「転失気」だった。

「ねずみ」。虎屋の主人だった卯兵衛が女房に先立たれ、後添えに女中頭のお紺を迎えて店の切り盛りをしてもらい、うまくいっていたと思っていたが、実は息子の卯之吉が継母に虐待を受けていたと知ったとき、卯兵衛のショックは大きかったろう。生傷だらけの裸の卯之吉が卯兵衛の首っ玉に食らいついて、「おっかちゃんは、なぜ死んだんだ!」と叫ぶのを聞いて、父親として何もしてやれなかったと激しく後悔する気持ちが伝わってきた。

そして、番頭の丑蔵とお紺が結託し、虎屋を乗っ取った。卯之吉のDV被害同様、生駒屋に教えられて初めて知る卯兵衛は「自分は何て情けないのか」と思ったろう。人を疑うことを知らない鷹揚な性格が災いした。お紺に印形を預けて、店の切り盛りを任せていたことは、いくら自分が腰が抜けて寝込んでいたとはいえ、チェックの甘さを露呈してしまった。

それを支えたのは卯之吉の健気さだ。「このまま物置に住んで、生駒屋に三食世話してもらうのは乞食同様だ。おいらが客引きするから、宿屋をやろう」。この卯之吉の言葉に卯兵衛はどれだけ励まされたことか。物置に棲みついていた鼠に恩を感じ、元の店だった「虎屋」に対抗して、「鼠屋」と名乗った心意気が素敵だと思う。

この父子に感じ入るところがあったから、甚五郎は福鼠を彫った。金をどれだけ積まれても気の乗らない注文は断る甚五郎が自ら積極的に「魂のこもる」仕事をしたところに、人情味を感じる。この福鼠が評判を呼び、鼠屋は大繁盛。逆に虎屋は「不実な奴」と悪評が立ち、閑古鳥が鳴く。

丑蔵・お紺が仙台様お抱えの飯田丹下に虎を彫ってもらうというのも、いかにも彼らが考えそうなことだ。だが、飯田丹下も甚五郎との勝負でかつて負けた恨みがあったことが、この噺の肝だろう。すなわち、丑蔵・お紺と飯田丹下はどこまでも性根の腐った人間というグループ分けなのだ。甚五郎が飯田の彫った虎を見て、「目に恨みを含んでいる。出来が悪い虎だ」と言うと、それに同調するように福鼠が「猫かと思った」というサゲは秀逸だ。人間万事、正直に真っ直ぐに生きなければいけないと教えてくれる。

「俺のコワカレ」に行きました。

「転失気」春風亭らいち/「子別れたまま」春風亭一之輔/中入り/「子別れミミちゃん」三遊亭白鳥

一之輔師匠の「子別れたまま」が素晴らしかった。2024年6月に三遊亭天どん師匠と「無茶ぶりリレー」企画をやったときに生まれた改作で、そのときは前半を天どん師匠、後半を一之輔師匠が演じた。元々、一之輔師匠は古典落語「子別れ」に関して、そんなに熊五郎を簡単に許しちゃっていいのか!という疑問を持っていて、それが今回の完全版で昇華した形だ。

3年ぶりに亀吉と再会した熊五郎はしきりに「おっかさんはまだ一人か?それとも二人か?」と訊くので、これを未練がましいと思った亀吉は咄嗟に「おっかさんは所帯を持った」と嘘をつく。新しいお父っつぁんには10人の連れ子がいて、亀吉含め11人兄弟で賑やかに愉しくやっている。新しいお父っつぁんはどこかに行ってしまい、再度母子家庭だけど、おっかさんが切り盛りしてくれて、仲良くやっており、幸せだ。だから、お父っつぁん(熊五郎)の出る幕はない、と。新しいおお父っつぁんは「酷い野郎だな」と言うと、「お前が言うな!」。

貰った五十銭も靴とか鉛筆でなく、堅焼き煎餅を買うと言う。可愛がっている犬のペロも堅焼き煎餅が好きで、一緒に食べるという。鰻でも明日食わないかと誘い、熊五郎は変な漢気を出して「兄弟全員、連れて来い。ただし、おっかさんには内緒だぞ」。

熊五郎と別れた亀吉は「弱ったな。何であんなこと言ったんだろう」と引っ込みがつかなくなる。おっかさんに相談し、お父っつぁんに会ったことを告白すると、おっかさんも「嫌だね。あの人には会いたくない」と言う。亀吉が熊五郎には未練があるみたいで、元の鞘に収まりたいみたいだと伝えると、母親であるお徳ははっきりと「気持ち悪い」。亀吉も同意見で「キモイよね」。

兄弟10人を鰻屋に連れて行く件は、お徳が「長屋を廻って鰻を食べたい人を集めればいい」と案を出す。果たして、翌日の鰻屋の二階には、亀吉のほかに、同級生の松ちゃん、竹ちゃん、梅ちゃん、それに二歳の鶴吉、大工の辰っつぁん、左官の善さん、船頭の徳さん、さらに百歳の金さん、銀さん。これに加えて犬のペロ。明らかに偽装兄弟が人数合わせのために揃った。

そして、ペロがお徳を連れて来る。熊五郎とお徳のぎこちない挨拶の後、お徳が切り出す。この人たちは兄弟ではないが、「鶴吉だけは私の子…お前さんの子なんだよ。お前さんに追い出されたときに身籠っていたが、そのことを伝える状態ではなかった。そして、私は女の意地で鶴吉を産んだ。長屋の人たちにも大変にお世話になった。皆、家族のようなもの。だから、幸せなんだ。これからも何とかやっていくつもりだよ」。お徳に強い意志を感じる。

熊五郎はそのことを知って、平身低頭だ。「悪かった。親らしいことは何も出来なかった。亀と鶴吉を育ててくれて、ありがとう。俺がちゃんとした人間になったら…勘弁してくれ」。寄りを戻そうなんて、おこがましくてとても言えない。亀吉が言う。「3年辛抱しただけじゃ、信用ならない。もうちょっと様子を見ようよ。あたい、お父っつぁんのこと、嫌いじゃないから」。しっかりした子どもに育っている。

鰻屋二階で長屋の人たち含め、それまでの湿っぽい空気を吹き飛ばそうと、パァーと騒いで三々五々に解散した後、残った親子が別れを告げる。「体に気をつけろ」「お父っつぁんも仕事頑張って」「また会えるかな」「またね。じゃあ、これで」。熊五郎は一人帰り道で呟く。「そんな落語みたいにすんなりいくわけない。俺はまだ甘い人間だ。仕事、頑張ろう。そして、また会えたら会いたい」。それをペロが見送り、犬にこう言わせる。「私に任せてくださいな、旦那」。いつの日か、完全に更生した熊五郎が正々堂々とお徳と亀吉と鶴吉を迎えに行ける日が来ますように…、そう思った。素敵な高座だった。