一之輔のいまコレ!、そしてモチロンプロデュース「岸辺のアルバム」

「一之輔のいまコレ!」に行きました。春風亭一之輔師匠が「蝦蟇の油」と「試し酒」の二席。ゲストはふう丈改め三遊亭円丈師匠で「ターミネーター初天神」、トークゲストはノンフィクションライターの細田昌志さんだった。
オープニングで♬セーラー服と機関銃が流れる。歌っているのは薬師丸ひろ子さんではなく、女優の斉藤慶子さん。先日、一之輔師匠がパーソナリティを勤めるラジオ番組「サンデーフリッカーズ」で、ディレクターのチョイスでこの曲を放送したそうだ。歌手が自分の持ち歌ではなく、他人の曲をカバーすることはよくあることだが、一之輔師匠は「カラオケ館で歌ったような」特別アレンジしていないこの曲を聴いて、自分の落語に置き換えて初心に返る気持ちになったそうだ。「ただ素直に、原曲を真っ直ぐに歌いあげる」ことの素晴らしさというのだろうか。斉藤さんは他に♬シルエットロマンス(大橋純子)や♬わかれうた(中島みゆき)等をカバーし、アルバムに収録しているという。一之輔師匠はその日、アップルストアで斉藤さんの歌を一日中聴いたそうだ。
二代目円丈師匠の落語。古典落語の筋を変えるために現れたターミネーター。大筋は変えないのがポイントだ。その名前が「1SK」、一之輔師匠を連想させるところが可笑しい。あくまでも古典落語にこだわる「K3G」(小三治?)と対比しているのも面白い。飴をベタベタ触るところは学校寄席では評判が悪いとか、団子の蜜を舐める仕草を受けたいがために多めにやってしまいがちとか、凧はあんまり演る人が少なくなったとか…、「初天神」あるあるも愉しかった。
トークゲストは「沢村忠に真空を飛ばせた男」を著した細田昌志さんだ。キックボクシング…懐かしい。僕が小学生の頃はテレビ中継されていて、梶原一騎原作の漫画「キックの鬼」は人気があった。このキックボクシングという名前を考案し、世界に広めたプロモーター、野口修さんの評伝で、2020年に出版され、21年に講談社本田靖春ノンフィクション賞を受賞している。
細田さんは長年放送作家もやられており、様々な業界に精通していて、興味深い情報を披露してくれた。引き出しが多いなあと感心するとともに、頭の回転が速くて喋りも達者な方だなあと思った。この著書は勿論、「ミュージシャンはなぜ糟糠の妻を捨てるのか?」や「力道山未亡人」も読みたくなった。
一之輔師匠の「試し酒」は落語一之輔春秋三夜でのネタおろし後、2回目。この落語の作者である今村信雄先生の傑作だと改めて思う。近江屋の下男・久蔵が二人の旦那を弄んでいるかのように思えるのが良い。
酒を作ったのは誰か知っているかと問い、帝が「酒は身を滅ぼし、国を滅ぼす」と禁じたことに触れ、「ガブガブ飲むからいけない。ほどほどがいいんだ」とか。「世の中で一番好きなものは何か」と問われ、「金だ」と答えておいて、「その金であるだけ酒を飲む」とか。酒吞童子とは寺子屋で机を並べて、「久ちゃん!」「酒吞ちゃん!」と呼び合う仲だった、「おっかさんの又従兄弟だ」とか。一之輔師匠が今村先生の名作を自分の掌中に収めたと思う。
モチロンプロデュース「岸辺のアルバム」を観ました。作・山田太一、脚色・倉持裕、演出・木野花。
山田太一さんのドラマで印象に残っているのは、ひとつはNHK「男たちの旅路」。特攻隊の生き残りである鶴田浩二が、若者たちと対峙しながら、自分の価値観を諭すように訴えている姿は忘れられない。もうひとつはTBS「ふぞろいの林檎たち」。中井貴一、時任三郎、柳沢慎吾の三流大学生が学歴社会に挫けそうになりながらも、自分たちの本当の幸福とは何かを懸命に探っている人間模様は当時高校生だった僕には他人事に思えない衝撃を与えてくれた。
「岸辺のアルバム」はリアルタイムでは観ていない。1977年の放送だから、僕は13歳。同様に八千草薫さんが出演していた向田邦子の「阿修羅のごとく」は鮮明に覚えていて、これは79年だったから、タッチの差だったのか。ドラマ人間模様「事件」も若山富三郎が弁護士役で主演していたのを夢中で観た。兎に角、社会派ドラマが大好きだった。
で、「岸辺のアルバム」である。実際に起きた水害のニュース映像が流れるオープニングは衝撃的である。多摩川沿いの一戸建てに住み、一見幸せそうに見えるサラリーマン家庭が抱える秘密が明らかになっていく。専業主婦則子に八千草薫、会社人間の夫に杉浦直樹、妊娠中絶をしてしまう女子大生・律子に中田喜子、繊細で傷つきやすい高校生・繁が国広富之。特に良妻賢母を演じてきた八千草さんが不倫をする役柄が強烈かつ、「どこにでもある日常」として山田太一さんが提起しているところが話題を呼んだ。
今回、演出の木野花さんがパンフレットにこう書いている。
テレビドラマって、家族で笑いながら平和に観るものと思われていたところに「人生はいいことだけじゃない」と現実を見せつけられた気がしました。このドラマでは、父、母、姉、弟がそれぞれの大問題をかかえて苦悩し、切り抜けようともがいています。往々にしてその問題を見て見ぬふりをして、根本を解決せず、なし崩しにしようとします。この“なし崩し”の状態に慣れてしまうことが怖いんだと思い知らされました。以上、抜粋。
その50年前のドラマを演劇にすることに意味があると書いている。
人との距離感が今とは違って、昔は言いたい放題言っていました。私自身、親と喧嘩したり、友達と朝まで喋ったり、とにかく生身の相手と直に向き合って会話していた。今はメールやLINEでしょ?それを会話と言えるのか。文字だけで言いたいことがどこまで伝わるのか。(中略)人とのコミュニケーションが変化する中で、いい悪いではなく、昭和のコミュニケーションを見せたいなと思いました。以上、抜粋。
甘ったるいドラマではなく、社会に切り込む、本音で人々がぶつかり合えるドラマが観たい。“昭和礼讃”ではないけれど、令和の時代ならではの「歯応えのある」ドラマを望みたい。

