ケムリ研究室「サボテンの微笑み」、そして ひつじ洞 春風亭昇羊「おせつ徳三郎 刀屋」

ケムリ研究室「サボテンの微笑み」を観ました。作・演出:ケラリーノ・サンドロビッチ。
舞台は昭和初期、親の遺産で侘しくも何不自由なく暮らしている兄・学(赤堀雅秋)と妹・空子(緒川たまき)を軸に展開する、しみじみとした人情味あふれる芝居だ。二人ともどこかおっとりとしていて、自分の感情を表に出そうとしない内向的な性格の持ち主で、兄妹だけど夫婦のような愛情が流れているようにも見える。緒川さんは「この兄妹、大人でありながら二人揃って未成熟なところに歪な魅力を感じる」とパンフレットのインタビューで語っている。それゆえ、芝居全体に“しみじみとした味わい”のようなものを感じた。
旧知の夫婦、日乃出(瀬戸康史)とマユミ(瀬戸さおり)は離婚をしてしまうが、学はマユミに以前から恋心を断ち切れないでいた。また、作家になった学の旧友の鳥羽(萩原聖人)に対し、空子は幼い頃から憧れを抱いていた。このことを学と空子はお互いに判っているのだが、暗黙の了解というのだろうか、あえて触れないようにしている奥ゆかしさがある。それがKERA作品には珍しい人情味につながっている。
僕は芝居には詳しくないので、よく判らないのだが、この芝居は岸田國士の戯曲「温室の前」をモチーフにしているとのことだ。近年、岸田國士の人気は高まりつつあるという。パンフレットで演劇ジャーナリストの徳永京子さんが岸田戯曲の特徴は「どの人物も、心の奥底にある本音を言葉にしない」、「物語は、劇的な出来事ではなく、短い日常会話によって進む」ところにあると書いている。なるほど、この二点は今回のお芝居にも言えており、それがしみじみとした人情味の芝居になっていると感じさせるのだろう。
「人情」と言っても、僕が普段慣れ親しんでいる落語や講談・浪曲で表現される「人情」とは全く違う意味で使っていることをお断わりしておく。すなわち、パンフレットでKERAさんが「外部を描かずに内部を見つめる芝居に」ということを作劇上のポイントにしたと語っていた。そして同じくケムリ研究室主宰である緒川さんが「生身の人間を見る行為、原初的でいちばんシンプルな状態の演劇を創りたい」と語っていた。登場人物の内面を紡いでいくことに向き合っている芝居、そういう意味をこめて「人情味」という言葉を使った。
緒川たまきさんがインタビューでこう語っていた。
物語の中の異性の兄妹って、どちらかがしっかり者で凸凹のバランスをとるような関係を想像しがちなのですが、この物語の兄妹は引き籠もりの傾向が強く、似た者同士で共倒れしまうタイプ。互いへの執着も強すぎて、見ている人には息苦しさを感じさせるかもしれませんが、空子を演じていると「一人」という孤独より「二人」という孤独の方がずっと良いと思っていることが伝わってきて、愛せます。以上、抜粋。
そうなのだ。この兄妹の関係性に胸が締め付けられるような、そんな「人情」芝居だと思った。
「ひつじ洞~春風亭昇羊毎月之落語会」に行きました。「胴斬り」「おせつ徳三郎 花見小僧」「同 刀屋」の三席。
「刀屋」。お嬢様との熱愛が露見して、旦那に暇を出され、叔父さん夫婦に預けられていた徳三郎だが、そのお嬢様が婿を取って今夜祝言を挙げると聞いたときの言葉は「嘘だ…」。「噓だ…」を5回繰り返していた。信じられないという以上に、裏切られたという強い憎しみを感じたのだろう。村松町の刀屋に飛び込み、「人が二人斬れる刀をください!」。刀屋主人はその剣幕を見て、冷静に応対するところが流石だ。
徳三郎が「友人の話」として話す事情を聞き、主人は「暇を出されるのは当然だ。奉公人が立場を忘れてお嬢様に手を出すなんてとんでもない」。徳三郎が「お互いに思い合っていた」と力説するも、にべもない。
若いうちは離れたり、くっ付いたり、色々ある。心に傷を負うこともある。仇討なんて馬鹿な考えはよしたほうがいい。縁がなかったと思いなさい。きっともっと素敵な人がお前さんにも現れる。そして、その人と一緒になって良かったと思う日が来る。今までのことは、きょうのためにあったのだと思えるようになる。
さらに、刀屋主人の女房もこの話を聞いて、意見をするところが良い。
この店も婿取りをして、今の主人と一緒になったんですよ。私も奉公人といい仲になり、この人と生涯添い遂げようとまで思った。でもね、今思うとおかしなことを考えていたと思います。結局、その奉公人とは何もなかった。一緒にならなくて良かった。縁がなかったんです。今はうちの主人と一緒になって本当に良かったと思います。
女性の立場から、そう説得される方が力があるように思う。だが、徳三郎はそれでも諦められなかった。婚礼の場を逃げ出し、向島の土手の上、花びらが散った桜の木の下で佇んでいるお嬢様を見つけ、徳三郎は「お嬢様!」と叫ぶ。お嬢様は言う。「堪忍しておくれ。でも、お前のことが忘れられなかった。お前以外の人と一緒になって、生きていてもしょうがない」。
徳三郎は自分が「お嬢様が裏切った」と疑ったことを謝る。「本当の心を知ることができた。救われた」。そして、お嬢様に婚礼の席へ戻るように言う。だが、お嬢様はこれを拒む。「いや、戻らない。私はお前と一緒になれないなら、死ぬ。生きていてもしょうがない」。
すると、徳三郎は「お嬢様が死ぬなら、私も死にます…私だって、お嬢様と一緒がいいんです。私の我儘をきいてください」。そして、二人は大川へ身投げするが…。筏の上に落ちて助かる。そして、「二人で逃げましょう」「お前とだったら、どこまでも行きます」。おせつと徳三郎は果たして、この後どこに行き、どういう運命を辿るのか、含みを残して終わったのが良かった。


