令和7年度NHK新人落語大賞 優勝は春風亭一花

NHK総合テレビで令和7年度NHK新人落語大賞を観ました。3年連続3回目の決勝進出だった春風亭一花さんが上方の笑福亭笑利さんと同点決勝の末、大賞を受賞した。
「まんじゅう怖い」立川かしめ/「御公家女房」桂九ノ一/「厩火事」春風亭一花/「権助提灯」春風亭昇羊/「苦節二十年」笑福亭笑利/「シックスパック」桂米輝
一花さんは常日頃から見せている安定した実力をしっかりと大舞台でも発揮したことが優勝につながったと思う。まず、マクラで渋谷で目撃したという女子高校生がダメ男のケンジのことがやっぱり好きだと言っている会話から導入して、「厩火事」に入っているのが良い。本来のマクラとして機能している。
仲人である旦那が「昼間から酒を飲んでいる。碌な奴じゃない。別れちまえ」と言うと、夫婦喧嘩をしていたはずのお埼さんが猛烈に反論するところ、揺れ動く微妙な女心を巧みに表現していてとても良かった。
旦那の提案で亭主の大事にしている茶碗を割って了見を試すところも、唐土?麹町?とお崎さんが亭主の言動に一喜一憂している様子が実に上手かった。そして、サゲの工夫。亭主が「お前に怪我されたら明日から好きな酒が飲めない」に続けて、お崎さんが「ああ、やっぱり白馬…唐土だね」とハッピーエンドにもっていったのは高評価だったと思う。
一花さんと同点だった笑利さんの新作落語は優勝に匹敵する内容だったと思う。博士が40歳のときに20歳のときの恋人に会いたいと思い立ち、20年かけて「20年前に遡れるタイムマシン」を開発するも、それでは40歳にしか戻れない矛盾。さらに20年戻れる、つまり40年前に戻れる機能を20年かけて開発するも、80歳の博士はやはり40歳にしか戻れない。
それでもタイムマシンに乗ってみると、40年前に戻るのに40年かかるという…意味がない!(笑)ストーリーがよく組み立てられている上に、「タイムマシンは電池で動く」とか、「この研究で算数を学んだ」とか、クスグリも秀逸で、これぞ新作落語のお手本である。
5人の審査員のうち、広瀬和生さん以外の4人は一花さん、笑利さんともに10点満点。広瀬さんも二人に9点と出場者の中では最高得点をつけているので、二人同時に大賞をあげても良かったのではないかと思ったくらいだ。決戦投票で一花4、笑利1で一花さんが優勝したわけだが、新作より古典の方が強かったということだろうか。
他の出場者で僕が目を引いたのは、かしめさんだった。従来の「まんじゅう怖い」に色々と捻りを加えているのが面白かった。蛇が怖いという男は細長いものが嫌いで、蕎麦も嫌い。蕎麦を食べるとブツブツが出来る…それはアレルギーじゃないか!とか。蛙が怖い男が蛙に睨まれた蛇みたいになっちゃう!それは蛇に睨まれた蛙じゃないか!とか。バッタが嫌いという男が蛇革の財布がバッタモンだった!とか。蛇が嫌いな男が蕎麦饅頭を食べて、またアレルギーになっちゃうとか。蛇怖いでかなり引っ張っているところにセンスを感じた。
その他、なめくじは嫌いだが、カタツムリは可愛い。素っ裸の男は怖いが、着物を着ていたら安心なのと同じとか。皆で色々な饅頭を買ってくるところ、黒糖饅頭、元祖黒糖饅頭、本家黒糖饅頭、黒糖饅頭本舗、業務用黒糖饅頭…(笑)。あんまんでなくて、肉まんと海鮮まんを買ってくるのも可笑しい。
ただ、審査員の春風亭小朝師匠が「肝心の饅頭怖い男を驚かそうという動機、そして驚かなかったときの衝撃が弱い」と指摘したように、従来の饅頭怖いの持つ面白さは損なったかもしれない。そこは賛否の分かれるところで、小朝師匠と文珍師匠は8点と辛めだったのに対し、広瀬さんは9点と優勝した一花さんと同点の評価だった。
昇羊さんは落語の上手さが光る。本妻と妾が相手を慮っているようで、実は旦那を押し付け合っているという面白さ。前回出場したときの「紙入れ」もそうだったが、女性を演じるのが巧い。また、第三者である権助の「月1回で十分と思っているんじゃないか」とか、「都落ちしてきたぞ」とか、「旦那は今、どんな気持ちだ?」とか、皮肉な一言一言がとても痛快だ。一花、笑利に続く47点の高得点は納得だ。
九ノ一さんは「延陽伯」(江戸の「たらちね」)をベースに改作した噺。落語作家の小佐田定雄さんの筆によるもので、師匠桂九雀も手掛けている。日常会話がお屋敷言葉で難解というところに力点を置いて、名前が長いという部分はあえてカットされている。葱を売る八百屋の方も慣れてきて、お屋敷言葉で対応しているところに若干のオリジナリティは感じたが、「御公家女房」という別タイトルを付けている割にはアレンジが乏しく感じた。小朝師匠の「お手本のような高座」、日髙美恵さんの「口調がしっかりしている」というのは、逆に他に褒めるところがなかったからか。だが、文珍師匠、小朝師匠ともに10点。むしろ、7点と辛かった広瀬さんを支持したい。
米輝さんの新作落語は奇想天外で僕の想像力を超えてしまった。腹筋が6つに割れたシックスパックになりたいとジムに通ったサキが、インストラクターのタドコロさんの指導で三か月で鼻が6つに割れ、さらに鼻が6つになって、人格まで変身してしまうという…。広瀬さんは「落語という話芸だからこその新作。これを実写でやったら気持ち悪い」と評価していたが、10点を付けたのは文珍師匠だけで、合計42点というのは当然のような気がする。
毎回僕は思うのだが、NHK新人落語大賞を二つ目の一つの目標にするのは良いと思う。だが、これを受賞しなかったからと言って落胆することはない。大賞受賞を弾みに大きく羽ばたいている噺家もいれば、それ以降尻すぼみの噺家だっている。予選通過すら出来なかった噺家でも、その後実力をつけて人気者になっている噺家も多くいる。そもそも多種多様な落語に優劣をつけること自体、野暮なことだとも思う。ただ一つ、確かなことはこうしてテレビで落語の賞レースが繰り広げられ、視聴者が「落語、面白い!」と思ってくれれば、落語界は盛り上がる。プラス思考で考えたいと思う。
最後に、春風亭一花さん、おめでとうございます!これからも応援していきます!


