津の守講談会 田辺いちか「忠僕元助」「維納の辻音楽師」「報恩出世俥」

津の守講談会十月定席初日に行きました。きょうから三日間は「二ツ目奮闘」と題して、来年秋に真打昇進が決まっている田辺いちかさんがトリをとる特別興行だ。

「真田の入城」一龍斎貞昌/「水戸黄門記 火吹竹の諫め」田辺凌々/「五條橋」宝井優星/「寛政力士伝 め組の喧嘩」神田春陽/「寛永三馬術 度々平住み込み」宝井琴調/中入り/「薬学の父 長井長義」田辺一邑/「赤穂義士外伝 忠僕元助」田辺いちか

いちかさんの「忠僕元助」。主人の片岡源五右衛門に対する下郎元助の忠義に心打たれる。いよいよ明日は討ち入りとなり、源五右衛門はどのように言って元助と別れを告げようかと悩む。佐賀藩鍋島藩に仕官が決まったと聞けば、無給金で良いのでお伴して尽くしたいと言い出すし、金持ちの後家に婿入りが決まったなどという見え透いた嘘はすぐに見抜かれるし、挙句は「お前が嫌いになった」と正反対のことを言うと、身投げもしくは切腹して詫びると言う始末。元助の真っ正直な心根にありがたいと思いつつ手を焼いてしまう…。

切腹します!と元助が刀を振り回されているところに、仇討の同士である竹林唯七と木村岡右衛門が訪ねてきた。慌てた竹林は元助を殴り倒し、元助は気を失ってしまった。源五右衛門が事情を話すと、仇討の件は他言無用だがこのような忠僕には特別に明かしてもいいのではないか…と三人は考える。気を失っていることを前提に、源五右衛門は胸中を吐露し、「良き家来を持ち、わしは果報者だ」と感謝する。

このときの元助の対応が素晴らしい。すべてを理解し、「仕官おめでとうございます。見送りはできませんが、大願成就しますよう観世音菩薩に一心にお祈りいたします。そして、このことは赤穂に帰り、奥方様とご子息にお伝えします」。仇討を知って知らぬふりをする。これぞ忠義だ。竹林と木村も加わって、盃を交わし、源五右衛門は「主従は三世という。生まれ変わったら、またお前と巡り会いたい」と言い、元助も「あすは一世一代の大事な日。涙は禁物です」と笑って紛らわす。

忠臣義士が見事に吉良邸討ち入りをして、仇討本懐を遂げたと知ると、元助は大きな荷物を背負って、引き揚げ途中に回向院で休憩している義士たちに「喉が渇いているでしょう」。荷物の中は皮を剥いて、筋を取ってある沢山のみかんが入っていた。それを振舞い、四十七士を労ったという。元助の優しい気持ちに泣ける。

この後、元助は赤穂に行き、源五右衛門の妻子に一部始終を物語った。そして、自らは出家して、向西坊と名乗り、二十数年かけて四十七士の石仏を彫り上げたという。まさに忠僕。赤穂義士の浅野内匠頭に対する忠義ばかりが表に出るが、それを後ろから支えた元助のような存在を取り上げているところに、義士伝の素晴らしさがある。

津の守講談会十月定席二日目に行きました。

「三方ヶ原軍記」宝井琴人/「西遊記 三蔵法師と悟空」田辺凌々/「木村又蔵 鎧の着逃げ」一龍斎貞介/「捨て身の構え」神田織音/「南総里見八犬伝 序開き」宝井琴星/中入り/「二代目浜野矩随 恋の彫物」田辺一邑/「維納の辻音楽師」田辺いちか

いちかさんの「維納の辻音楽師」。オーストリア、ウィーンの貧民窟の木賃宿に寝泊まりしている流しのバイオリン弾きのレベルト爺さんと著名な音楽家であるのにそんなことはお首にも出さないアレクサンドル・ブーシエとの心の交流に胸が熱くなる。

レベルトは戦争で片足を失い、義足である。それを愛犬のトライエルがサポートしているというのが良い。木賃宿の宿賃は六日も溜めてしまって、主人に怒られているが、明日は年に一度のお祭り、そこで稼いで支払おうと思っているが、バイオリンはおんぼろで、城壁の中に入る入場料1クロイトを捻出するのもやっとこさという状況だ。

それでも一生懸命、城壁の隅っこでレベルトはバイオリンを弾いていたが、人混みで若者がぶつかってきて、転んでしまった。そのときに落としたバイオリンを拾ってくれた四十代の立派な紳士がブーシエだ。彼は「聴かせてもらいましたよ」とトライエルが咥えている帽子に1グルテンを入れる。およそ60クロイト、日本円で6千円ほどだ。「多すぎます」と恐縮するレベルトに対し、「弾かせてください」とバイオリンを借りる。

調律をして、弾きはじめると爺さんが弾いていたのとは大違いの美しい音色を奏で、いつの間にか人だかりができた。帽子の中にはドッサリ、十分すぎるほどのお金が貯まった。そして、ブーシエは群衆に向かって、「一緒に歌ってください」と言って、ハイドン作曲のオーストリア国家を演奏。皆の心が一つになって合唱し、その歌声はウィーン中に響くかのようであった。

そして、気が付くとブーシエは姿を消していた。レベルトは帽子の底に革手袋の片方が置き忘れてあることに気づく。翌日、トライエルの嗅覚を生かして、探し求めると、上流階級しか泊まらない高級ホテル、ローランドホテルに辿り着いた。レベルトはホテルの前で警備員の制止も構わずにバイオリンを弾く。調子っぱずれの音と犬の遠吠えで、最上階の窓からブーシエが顔を出した。「お届けありがとうございます」と礼を言った後、レベルトに感謝の言葉を述べる。

あなたは偉い人です。あんな楽器を大切にして、楽しげに演奏している。頭をガーンと殴られた思いがしました。演奏家は良い演奏のために良い楽器を求める。でも、それだけじゃないんだということを教えてくれました。

そして、ホテルの前に建つ歌劇大劇場で今夜おこなわれる演奏会にチケットを2枚渡す。レベルトはトライエルを連れて定刻に歌劇場の前に来たが、とても自分のような貧乏人が入る雰囲気ではなく、躊躇っていた。すると、そこにブーシエが現れ、「お待ちしていました。どうぞ、中へ」。案内されたのは最前列のまん真ん中の席だった。

ブーシエは最後の演奏が終わると、観客に向かって言う。私はウィーンに来て、音楽の素晴らしさを知りました。教えてくれたのは、こちらのレベルトさんとトライエルくんです。今回の欧州ツアーで迷いがありました。オーストリアではナポレオンによって悲劇が起きた。そのナポレオンに私は仕えたことがある。だから、勇気が持てなかった。だけども、レベルトさんは教えてくれたのです。音楽に罪はない。音楽に国境はない、と。

そして、アンコールとして「一緒に歌ってください」と、オーストリア国家を演奏したという…。心に滲みる良い読み物だ。

津の守講談会十月定席千秋楽に行きました。

「猿飛佐助 幸村との出会い」田辺凌々/「三方ヶ原軍記」神田蓮陽/「五條橋」神田おりびあ/「赤穂義士銘々伝 安兵衛駆け付け」一龍斎貞橘/「川中島合戦」宝井琴柳/中入り/「西行法師 鼓ヶ滝」田辺一邑/「報恩出世俥」田辺いちか

いちかさんの「報恩出世俥」。正直の頭に神宿る。実に清々しい一席だ。まずは、主人公の俥夫小林庄吉の実直さが良い。俥に置き忘れた紙入れを客に返そうと、客を下ろしたところに戻ると、幸いにもその客と巡り会うことが出来た。吉田という名前のその客は「紙入れに実印と証書が入っていた」と感謝する。そして、御礼として5円札を渡そうとするが、庄吉は「当然のことをしたまで」と拒み、足代として50銭のみを受け取った。吉田は草鞋を履いていても、心は錦を着ていると感心し、何かあったら助けたいと住所と名前を訊く。「錦町の貧乏長屋の小林庄吉です」。

世の中は不景気で、庄吉は相変わらずの貧乏暮らしだ。そこへ「小林さんのお宅ですか?」と訪ねてきたのは、吉田だった。ある人に金を貸していたが返済できず、抵当になっていた人力車10台が自分の手元に来たが困惑している。良かったら、これを無利息無証文で貸すから、俥屋の親方をやらないかという。ありがたい話に庄吉は喜び、人力車を引き受けた。自らも舵棒を握り、汗を流して、たった2年で吉田に人力車10台分の金を返済する。これも全て庄吉の人徳であろう。

ある日、庄吉は見覚えのある男に会う。それは以前、和泉橋で客待ちをしていたときに、貧乏ゆえに股引を質屋に入れてしまって寒い思いをしていたときに、21銭で質屋から股引を請け出してくれた稲垣巡査だった。稲垣はそのときの行動を上司に報告すると、「公の職務に私情を挟むとは何事だ」ときつく叱られ、それが原因かはわからないが、巡査を免職になってしまったのだという。今は学問で身を立てようと、法律の勉強をしているが、住む場所にも困って、友人の家を転々として体を壊してしまったという。

庄吉はあのときの股引の恩が忘れられないでいた。稲垣が言った「貧乏を苦にするな。陰日向なく正直に働いていれば、報われる」という台詞を思い出し、恩返しがしたいと思った。「幸い、自宅の二階が空いている。そこで勉学に勤しんではどうか」と進言、稲垣は感謝する。

稲垣は昼は俥夫として舵棒を握り、夜は明治法律学校で学んだ。“小川町の書生の俥夫”と評判をとったくらいだ。そして、見事に立派な弁護士になったという…。情けは人の為ならずという言葉だけでは片付けることのできない、庄吉と稲垣の二人の「正直」に思いを馳せた。