柳家三三独演会「乳房榎」

「柳家三三独演会~柔と剛」に行きました。「乳房榎」を「おきせ口説き」と「重信殺し」に分けて、口演。ゲストは柳家わさび師匠で「エアコン」、開口一番は春風亭貫いちで「権助提灯」だった。

三三師匠の「乳房榎」。まず、二百五十石取りの武士である真与島伊惣次がなぜ絵師・菱川重信になったのかをきちんと説明しているのが良い。絵が得意だった真与島は知り合いに頼まれると絵を描いてあげた。謝礼などいらないと固辞するが、「気持ちですから」と渡される。大した額ではないので、まあよいかと思っていた。だが、いつの間にか武士の間で「真与島は絵を描いては礼金をせびっている」という悪い噂が立つ。それに嫌気がさして、浪人となり、絵師となり、名前を改めたのだった。

登場人物の年齢を明確にして、イメージを膨らませる演出も良い。重信は三十七、妻おきせは二十四。おきせは大層な美人で女方の役者、瀬川路考になぞらえて、「柳島路考」と呼ばれたという。磯貝浪江は二十八。人妻であるおきせに横恋慕する設定としては、ちょうどよい年恰好だ。

浪江がおきせを口説くまでの計画的な手口がすごい。重信夫妻、それに息子の真与太郎、下男の正助、女中のお花で梅若の縁日に出掛けたとき、浪江はおきせの色気に一目惚れした。そして、ほどなくして重信に弟子入りを志願。重信が高田砂利場の南蔵院の天井に龍の絵を描く仕事を請け負い、正助を連れて泊まり込みで絵に専念するところをチャンスと捉えた。

浪江は毎日のように柳島の主人のいない菱川宅を「ご機嫌伺い」と称して訪ね、真与太郎と遊んだり、おきせやお花と談笑いたりして、夕暮れになると帰っていた。だが、ある日帰ろうとして玄関で草履を履こうとしたときに、差し込みで苦しむ。「持病の癪」だという。浪江は八畳の客間の布団を敷いてもらい、横になった。ぐっすりと眠った。おきせも安心した。だが、これは浪江の仮病である。

夜中に起き出した浪江はおきせと真与太郎が寝ている寝間に忍び込む。おきせの美しい寝顔にうっとりし、真与太郎に乳を飲ませながら寝ていたために胸元が開いている様子に生唾を飲む。おきせの肩と枕の間に腕を入れ、気づいたおきせに対し、「黙って聞いていただきたい」と三月十五日の梅若の縁日で一目惚れして以来、益々思いは募り、重信に弟子入りしたことを語る。

命を懸けてお慕いしている。たった一度きりでいいから、思いを叶えてほしい。そう言う浪江に対し、おきせは「師匠の妻に横恋慕するなど、もってのほか。大きな声をあげますよ」と拒絶する。だが、浪江は諦めない。「わかっていても、この思いはとめられない」「操を棄てるわけにはいきません」「どうしても嫌というなら、斬りますぞ」。浪江は刀に手をやる。

だが、浪江は「惚れた女を斬れるわけがない。今一度のご分別を。師匠は留守。誰にも言わなければ、世間に知れる気遣いもない。どうか、一度だけ」。それでもおきせが頑なに拒むと、浪江は脇差を真与太郎の胸元にあてる。これには、さすがのおきせも言うことを聞かないわけにいかなくなる。「一度きりにしてくださいまし」「わしも武士のはしくれ。約束は守ります」。おきせは我が子可愛さに浪江に体を許す。

だが、一度で済むわけがない。浪江は何かと理由を作って泊まる。これが度重なると、おきせの方が「必ず明日も来てくださいまし」と言い出すようになった。浪江は「俺の手に落ちた。逢瀬を楽しむには、やがて戻ってくる重信が邪魔だ。おきせを誰にも渡してなるものか」と考えるようになる。

浪江は南蔵院の重信のところに「陣中見舞い」と称して金玉糖を差し入れに持って訪ねてくる。重信が言うには、雄龍は描きあがり、あとは雌龍の右の手を残すばかりだという。浪江は帰りに「正助を借りたい」と言って、二人で帰り道にある花屋という料理屋に入った。重信に食べてもらうよう、折詰を拵えてもらう間、正助に酒肴で歓待する。

浪江は正助に「わしは身寄り頼りがない。叔父となって親類付き合いをしてほしい」と五両を渡す。正助はビックリするが、「田地田畑を買う際に、目が利かない。買う際には相談に乗ってほしい」と言われ、承知する。

さらに、「少し相談がある」。柳島のご新造とわしが出来た。深い仲になった。密通をした。つまり、間男をした。そこで、頼みというのは「今宵、先生を亡き者にするので、手伝ってほしい」。当然、正助は人殺しの手伝いなど出来ないと断るが、浪江は「では、貴様から斬る」。命が惜しいので、渋々承知した。正助が先生を落合に螢狩りの誘い出し、田島橋の脇で浪江が隠れているから誘き出し、竹槍で突くという策略だ。

重信は正助の誘いに乗り、落合へ。螢に見惚れる。「この世のものとは思えない。絵にも描けぬ美しさだ。紙に写し取りたい」と感心する。一方、正助は螢が人魂に見えてならない。「雌龍の右手が描きたくなった」と言って、重信が歩き出す。田島橋まで来ると、草むらに隠れていた浪江が後ろから竹槍で太腿を突く。尻餅をついた重信は「正助!助けてくれ」と叫ぶが、逆に正助は「許してください」と木刀で打ち、さらに浪江が肩から袈裟懸けに斬って、馬乗りになって喉元に留めを刺した。重信、絶命である。

正助は南蔵院に走り、「先生が田島橋で襲われた」と報告する。だが、寺の僧侶は「何を言っておる。先生はお帰りになり、今は本堂で絵の続きを描いていらっしゃる」。本堂には灯が点り、人影が揺れて見える。正助は障子の破れから覗くと、今まさに筆を置いて、落款を押す重信がいた。

「正助!」と重信が叫ぶ。本堂は真っ暗闇になった。そして、本堂に重信の姿はなかったが、雌龍の右の手が見事に描きあがっていた。どこから迷い込んでいたのか、一匹の螢が本堂から表へ出て行った。それは人魂だったのかもしれない。

見事な「乳房榎」の通し口演だった。